追憶のウィスキーボンボン

山谷感人

小説

2,519文字

全ての駄目人間へ捧げる。冊子・破滅派復活準備号にて話題となった掌編に加筆した作。

二年前の秋、逢魔ヶ時。

部屋から出て、コンビニエンスストアへと缶ビール、東京スポーツを買いに行く途中、脂汗が止めどなく流れ、眩暈がして路上に倒れこんだ。

直ぐにどうにか起き上がって道端へしゃがんでいたところ、それを見ていた通りがかりの小学生の集団が、こちらの同意も得ずにだが救急車を呼んで呉れた。面倒な事になりたくなかったから、お礼だけをして足早に立ち去ろうとしたのだけれども、嘔吐感も激しく声も出せず動けずに、俎板の鯉状態だった。やがて大袈裟な、ピーポーサイレンと共に遣って来た車に乗せられた。

病院に運ばれて、血液やらエコーやらの検査の結果、暴飲小食からであろう自律神経の失調と告げられたので、重病ではないだろうし点滴が終了次第、帰宅しようと思ったのだが医者は続けて、肝機能の数値が甚だ悪い、このままだとまた何処かで倒れ、同じ事の繰り返しになるので二週間ぐらい入院せよと言った。基準値が五十以下程度らしいガンマ・ジーティービーなるモノが、千二百を超えていると、中島らもの、小説のようなハナシだった。幾ら何でも、通常の二十四倍以上の数値をリアルに突き付けられたら、そこは諦観の境地を極めていない限り、日和るしかない。人の頭がスッポリ入るベルボトムに下駄の出で立ちで外出していた、自身の足下を見遣りながら、急激に惨めな気分になった。

だが、初めての病院生活自体は、実に快適なモノに感じられた。

医者に安静安眠を命じられていたのだが、何れにせよ日に三度の点滴があるから長くベッドを離れられないので、横になって読書でもしておけば良かった。また、相部屋に独り言を延々と呟いていたり、深夜徘徊をするような、エキセントリックな住人も居なかったので、睡眠薬を呑んで寝る必要もなかった。三、四日、所謂、振戦と云われる震え、動悸、発汗と飲酒している夢を見続けてしまうのには、苦笑したけれども。

然し、閉口したと云うか、絶句をしてしまったのは、面会に遣って来る知人達の行動で、見舞い品として、他界した祖父が使っていたと云う、名前入りの尿瓶を渡してきたヤツにはまだ笑えたが、当面は無論、酒は一滴も厳禁で、それに耐えているのにも拘泥せず、呼び水となるノンアルコールビールを大量に持って来たり、明らかな千鳥足で訪れて、看護師の女性を口説き始めたり。更には面会時間を越えバナナ一房だけをぶら下げて、今夜、合同コンパがあるから、その飲み代を貸して呉れえと、堂々と発する強者を有りで、入院患者としてのシラフの目から視れば正に異常、底辺の有り様だった。自堕落な日々の果てに、身体を壊した事が如実に語るように、今までそうした行為を彼等と張り合って、いや、率先して提示し生きてきた自身なので、或る意味、本末転倒な感情でもあるのだが、その境遇、人間関係が煩わしく思われた。そこで、退院と同時に暫く何処かへ赴き滞在し、少し環境を変える事にした。

当然、間借りしている二万四千円也の安アパートを引き払っての、明治大正の歌人のような放浪生活を目指した訳ではなかったし、どうせならと遥か遠方へ行こうと夢想しても、僅かな入院保険をアテにした路銀は限られている。また、単に物見遊山だけの旅行では、羽目を外しての鯨飲、全てが元の木阿弥になる可能性が高い。

退院も間近になって色々と考えた挙句、三十路の半ばになっても持っていなかった、運転免許を取りに合宿自動車学校へ行く事に決めた。実利も兼ね備えているし調べたところ丁度、閑散期であるから驚くほどの格安料金であり、『山奥の大自然を満喫しながらのドライビング! 心も運転マナーも快適に貴方へ』なる、如何にも安らぐような謳い文句にも魅了された。善は急げとばかりに、朝晴村と云う、地名も長閑に思える教習所のパンフレットを病院宛に送って貰う事にして、月並みに体力をつけておこうとその日から、放置していて黒くなっているバナナなぞを、間食として口へ運んだ。

 

退院前日の午後。

思いかけず救急車を呼んで呉れた、小学生の集団を代表して、一人の少女が面会に訪れた。看護師つてに電話番号を聞いて掛け、あの時、言えなかったお礼をしただけだったので、予期せぬ来客であった。見舞い品として、何種類かのチョコレートを頂いた。

その中に見つけた、一箱のウィスキーボンボン。

これは単純に、子供心で大人が嗜好するモノだと思い買って来たのだろう。

「おじさんはね、暫くアルコールを摂取が出来ない身体なんだよ。だからこうして、病院に入っちゃったし明日、ここを出たら車の免許を取りに行くし……。そうだ、いつか君をドライヴに連れて行ってあげる。チョコレートをいっぱい持って、サンドイッチでも作ってのピクニック。春の陽光の中、みんなで鬼ごっこでもしようか? 僕は今、人生に対して深呼吸をしたい気分、なんだ」

少女は、何を言われているのか、ちゃんと意味は判らないだろうが、はにかんで笑っていた。何時までも彼女に語りかけたい想いに捕らわれたが、ガヤガヤと知人達が幕を下ろすかのように現れたので、彼等に、味わって食べろよ、と言って、そのウィスキーボンボンをあげた。

 

結局、四苦八苦の末に自動車免許は取得したものの、合宿所で一緒になった、全身オシャレ絵人間やら、ヒッピーやら夜の蝶やらと、たわいもなく意気投合してしまい連日の宴、乱痴気騒ぎ。

山奥の美味しい空気なぞ一切、享受なぞしない、元の木阿弥どころじゃないエピキュリアン・ツアーを演じた。

皆と大宴会の末に別れ、帰ってから購入した中古車も、山師に騙された格好となり、近所を軽く二回、走っただけで不具合が生じ、長い押し問答を経て結局は廃車。直ぐに車間距離の定義や、指示標識の意義すらも忘れてしまった。

そうして、現在、今。

安アパートの一室に籠り、コンビニエンスストアで買って来たウィスキーボンボンをツマミに、焼酎を何度も何度も呷りながら、この、やっつけ仕事のような、短い手記を書いている。

無論、あの少女とは、あれから一度も逢ってはいない。

何にしろ、もう、僕はそれで良いと思って、溜息を吐き吐き生きている。

2015年8月9日公開

© 2015 山谷感人

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