給餌

詩集『最後通牒としての雪』(第3話)

眞山大知

795文字

急に卒業論文を書いていたころを思い出したので書きました。武蔵野の陽は太宰の言うとおりぶるぶる煮えたぎって落ちます

キャンパスの片隅にシロフクロウの化け物のような液化タンクが座っている

馬鹿でかい皮手袋をはめて、液化タンクから生えたホースを七面鳥の丸焼きのような形のガロン瓶につっこむ

手早く開栓
ホースから流した液体窒素がガロン瓶へ充填され、ガロン瓶のなかから液体窒素の沸騰音が聞こえだした

 

ごぼごぼ ごぼごぼ

 

むかし、違法エロ動画サイトのようなチンケなUIだったYouTubeでフォアグラ作りの工程を観た

強制給餌による肝臓肥大――ガチョウの口を開け鉄パイプをつっこみ、体重の3分の1の量のとうもろこし粉と油の混合物を胃に詰めこむ
画面の向こうのガチョウは白目を剥いて喉から音を漏らした

 

ごぼごぼ ごぼごぼ

 

ガロン瓶もガチョウもごぼごぼ

 

正直俺もこいつらと変わらない

 

ごぼごぼ ごぼごぼ

 

思春期にどす黒い廃油のような自己責任論を詰めこまれ、何者かにならなければならないという強迫観念と生産性がないと判断されれば見捨てられる恐怖心を脳に蓄えた

強制給餌を拒否するために
中学の同級生の██君は女を孕ませ
██君は失踪したあと函館でヤクザになり
██君は朝早く校舎の三階から飛び降りた
小雪のちらつく寒い日だった

 

ごぼごぼ ごぼごぼ

 

卒業論文を書きあげて修士課程に進学しても

すぐ始まる就活で

まーた大人の汚さを嫌というほど詰めこまれるんだろう、ガロン瓶とガチョウのように

 

ごぼごぼ ごぼごぼ

 

栓を締めると液体窒素の沸騰音は急にみすぼらしくなった

首を絞めた鶏の断末魔のように

 

西に落ちる武蔵野の陽は今日もぶるぶる煮えたぎって落ちていた
太宰の言ったとおりの姿を律儀に守ってやがる

 

もうこんな時間か
ガロン瓶を研究室に運んだら示差走査熱量計DSCを液体窒素で冷やしてに餌をやって生協の食堂へ行こう

 

 

俺の餌の時間だ

2024年6月11日公開

作品集『詩集『最後通牒としての雪』』第3話 (全4話)

© 2024 眞山大知

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