「早く降りたいおじさん」小林ＴＫＧ（詩, 破滅派, 2022年）

早く降りたいおじさん

2,081文字

先日の合評会に一人、詩の方がいらっしゃってましたので、私も詩とか書けたらもしかしたら今年のBFCとかで使えるかもって思って、書きました。でも書いて見たら思ってた感じじゃなくなりました。これは詩なんでしょうか？わかりません。

バスの運転手さんは、バスが停まってから。ドアが開いてから席を御立ちください。と言う。

事故防止のためだ。車内転倒防止にご協力くださいという。嫌々言ってるかもしれない。僕がバスの運転手さんの立場だったらそんなの面倒だし言わない。言いたくない。面倒だもん。

それなのに、早く降りたいおじさんはいつもバスが駅のロータリーに入ったくらいで席を立つ。そしてドアの前に陣取るんだ。

僕はそれにたまにイライラする。いつもじゃない。でも例えば余裕がない日とか、イライラする。

「なんで、一番最初に降りたいんだよお前」

って思う。

早く降りたいおじさんはとても立派なお洋服を着ている。コートも足のふくらはぎくらいまでの長さのを着てる。カバンも立派なカバンだ。靴もピカピカの尖った靴だ。手袋だってしてる。マフラーも。眼鏡は銀縁。髪の毛は白いのも目立つけど、それがモダンというか、お洒落というか、そう言えばそうかなって思うような。

そして耳にはAirPodsを入れてる。

AirPodsはとても高い。そんな高いものも買えるおじさんなんだろうな。

そんな立派な、会社とかでは立派な立場にいるような感じのおじさん。でもそのおじさんはバスが停まる前に席を立って、一番に降りたいからドアの前に陣取るんだ。早く降りたいおじさん。

僕はその日、そのおじさんにイライラした。

「死ねばいいのに」

って思った。

バスの運転手さんがどんな気持ちで、毎日アナウンスしていると思ってるのか。それで怪我をして、自分の責任だと反省したらいいけど、でも、バスが停車するのも待てないようなおじさんだ。早く降りたいおじさん。そんなおじさんだからきっとそれで転んで怪我をしても、バスの運転に問題があったとかいうんだろうな。

そもそも聞いてないんだもん。アナウンスを。耳にAirPodsを入れてるから。

だから、言い逃れ方も、

「そんなもの聞いてない」

っていうんだろうな。

そう思ったら、無性にイライラした。

早く降りたいおじさん。その日は自分の後ろの席に座っていた。それが駅のロータリーの所で、立ち上がって、バスが停車するのを待ってる自分を追い越して、ドアの前に陣取る。早く降りたいから。一番に降りたいから。早く降りたいおじさんだから。

すごくイライラした。

死ねばいいのに。

って思った。

早く降りたいおじさんはAirPodsをしたまま、バスが停車する前から立ち上がってドアの前に陣取って、ドアが開いたら一番にバスを降りた。

そのまま駅に向かう。僕も駅に向かう。

早く降りたいおじさんとは方向が違うから電車までは一緒にならないけど、向かいのホームに立つ。早く降りたいおじさんは当然、早く乗りたいおじさんでもあるので、ホームの一番先頭に立ってる。それを僕は見ていた。無論早く降りたいおじさんは僕の事なんて知らない。見ても視界に入らない、記憶に残らない思う。でも、僕は早く降りたいおじさんの事を毎日のようにバスで見てるし、向かいのホームに立つのも見てる。

だからその日も当然、僕は早く降りたいおじさんを見ていた。

向かいのホーム、早く降りたいおじさんがいるホームに電車が来る音楽、アナウンスが流れた。

するとある瞬間、早く降りたいおじさんがふらりと揺れた。腰が砕けたかのように体が崩れた。

早く降りたいおじさんがホームに落ちた。AirPodsもしたまま。

そこに電車が来た。

次の日から、早く降りたいおじさんはバスには乗らない。乗らなくなった。

ヤフーニュースなどを見ると、事故自殺の両面から捜査しているらしい。

自殺だとしたら信じられないなと僕は思った。

だってAirPodsしてるのに。

あんなに高いのにAirPods。

AirPodsをしたまま自殺なんて。信じられない。

AirPodsが買える人が自殺するなんて。