「僕をやさしくしてくれる」
個室への十何人かの医師の訪問。回診だ医師の後ろに控えた格下の医師、また格下の医師、また格下の医師、の無言の眼差し。がために、こちらからの質問は許されない。先頭の医師が一人が話し、次の医師がそのあと話し、また次の医師が話し、また次の医師が話し、だがそれがほとんどみんな差異のない発言。あるいは直前の医師の説いた見立てがいかに素晴らしいかを力説する次の医師、次の医師、また次の医師、その連鎖
病人用のニュース、病人用情報番組、麻酔針コマーシャル、病人用ドラマを流します。それは個室の病人用ラジオの話
タコ部屋大広間の、カウガールと呼ばれる大型吊下型ディスプレイ。こちらはほぼ一般人用放送を流す。船の揺れをものともしないぶらぶらテレビ。衝撃が広がっています。二〇二〇年に発売されてから、海の上にもかかわらずカウガールは文句を垂れる。なかでも毎週水曜日の、『引き裂かれた明るい小説作法』の番組を垂れ流すのが得意だ。カウガールはぶらぶら、純度の極めて高い、濃い放送を見せてくれる
引き裂かれた明るい小説作法に出てくる番組のアシスタント少女(十歳)のファンの肥満の男性患者(彼は『体温計はどこにさすのお嬢ちゃん』と呼ばれている)だけが欠かさずカウガールの真ん前の席に食らいつき、小説の書き方を学んでいる。そんなことをするのは彼だけだ……
いや、そう言いたいところだが、実は僕もこの番組はある関心のもと見ている。アシスタント少女に興味はないが、一般用の、小説を書くことを推奨するという放送を、僕ら病人にテレビジョンが流している、つまり病人がこれを見ることを許していることに僕は……、小説の執筆が、治療ややまいにとって害の無いものだと病院側が思っていることに対する危機管理不測の事態に興味が僕には……、あるからだ。このままこんなものを垂れ流したら、とその行く末が気になるわけ。多くの診療行為は、身体に対する侵襲(ダメージ)を伴いますが、通常、ティキティキ、診療行為による利益は、侵襲の不利益を上回ります。テレビジョン。診療行為による利益は、侵襲の不利益を上回ります。ぶらぶらテレビ
小説家には病人が多いのは事実だが、ここでそれを再現するような真似はどうなのだろうと僕は考えているのだ。もちろん病人が作家になったパターンもいくらでも挙げられるし、やっぱりそのまた反対もしかり
そう、僕も小説を書いている。部屋でだ。手書きでは書かない。すべて個室に設置されている病人用コンピューターの普通の文章作成ソフトでだ。それをプリンタで印刷したりしなかったり。したりしなかったりすることについては特に意味はない。……
「そこで坊っちゃんは言うんです。『お前が悪党だったんだな』って」
「おまえが、あくとう、だったんだな」
「今頃気付いたか、ふっはっは」
「ねえ、あくとうってなあに?」
「世の中にあるものをなんでもかんでもよくないやり方で結びつけて得をしようとしてしまう人のことですよ、坊っちゃん」
僕は目を丸くした。そしてその目を伏せて、ゆっくり考えてからいった、
「うしどろぼう、とか?」
まわりの大人たちがそれを聞いて笑い出す
僕はなぜまわりの大人たちが笑いだしたのか理解できないで、不思議そうに見まわす
おい、そんな言葉、誰が坊っちゃんに教えたんだい?
そもそも悪党の説明はそれでいいのかな
きっと子供番組をご覧になったのよ
今どきのテレビにそんなの登場するのか
いやあ、まったく傑作だ
「ねえ、それでそのあとはどうなるの?」
僕は尋ねる。悪と正義の戦いがついに始まったのだから、気になってしょうがない
「悪党は、いえ、牛泥棒はピストルを坊っちゃんに向ける。撃とうとするんです」
「ぼくのほうは、ぶきをもってない」
「武器なんていらないんです。正義の味方は超能力者だから。なにかポーズを構えてみてくださいな」
僕は少し考えてから腰に手を当てて、脚を大きく開く
「いいですね、そう、すると坊っちゃんのお臍から光線が出て、牛泥棒はそれを浴びて溶けてしまう。ぐあー、やられたー」
召使いは溶ける
僕はパジャマをめくり、自分のお臍をじっと見つめる、そして顔をあげて言う
「かち?」
「そう、勝ちです」
溶けた召使いが形を取り戻して、言う
僕はその結末に全く納得がいかない。まわりの大人たちもそれは同じだった
なんか、子供騙しって感じだな
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