二枚ほど書いて机の引出にしまっておいた小説が、発酵した。ほかにも、書きかけの文章は十本以上あったが、さきにつなげられそうなのはその一本だけだった。私はひと月かけて五十枚の短編小説にしあげた。
できあがった文章を電子メールに添付して担当編集者の島崎に送ると、「なるべく早くお返事します。」とだけ返信がきた。すでに私は、その小説を読まれようと読まれまいと、どちらでも良い気持になっていた。書いて、満足していた。
土曜日だった。
電車で東京都美術館に行った。デンマーク絵画展をやっていた。ハマスホイのものが中心であった。どれも、どこかの技術のある者が描けば、描けてしまう程度の絵だと感じた。心がうかれていたからと言って、とんだムダ金だった、と後悔しながら、二階のレストランで紅茶をすすった。
窓からは公園がのぞけた。みどりが青々としていた。人工的な感じしかしなかった。
「なんか、いまいちだったね」
という女の声が聞こえてきた。
「そうだね」
と男の声がこたえた。おそらく、私が坐る席のまうしろでの会話である。
「なんか、きれいだな、とは思うんだけど……」
「こういう大学にかよってる身で、アレなんだけどさ、絵ってさ、別に写真で良いよね」
女のけたたましい笑い声が聞こえた。「わたしもそう思う」
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