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【東京オリンピックに出場する選手紹介】

名前:宮沢 和樹(ミヤザワカズキ)

競技:男子帰宅自由形

生年月日:平成六年六月二二日

出身:東京都E区

経歴:二〇一〇年、高校一年生でインターハイに出場。二〇一一年、インターハイで優勝。二〇一二年、インターハイ優勝、二連覇を達成。二〇一三年、世界選手権に出場。日本人初の銅メダル。二〇一八年、世界選手権で日本人初となる金メダル。

エピソード:インタビューの際に、度々「愛する母国のために、全力を尽くします」という言葉を残している。他方、彼のツイッターでの発言において、しばしば左翼的な発言が散見され、幾度か炎上したことがある。これについて本人は、「私が日本を愛することと、私の個人的な思想はなんら矛盾するものではありません。私はこの競技の選手として、やるべきことをやるだけです。私は常に帰宅することについてのみ考えています。あらゆる偶然性によって選ばれた地点から、ただ一つ固有の地点へ”絶対”に帰ること。私の意識はいつもそこにあります。」と述べている。

趣味:読書。伊坂幸太郎の小説を愛読している。

 

 

高校一年生の春、男子帰宅部へ入部したことに特別な理由はなかった。

運動が苦手なわけでもなく、かといって文化活動が嫌いなわけでもなかった。勉強一本に身を捧げるなどという考えもなく、しいて言えば、僕はぼんやりとした「自由」を求めていた。多くの部活動は多かれ少なかれ不自由が付き纏う。僕はそれを嫌った。あるいは自由を愛する態度自体を、僕は気に入っていた。そんな高校一年生だった。

それにしたって、僕は特に不自由しているわけでもなかった。両親は健在で、比較的裕福な家庭に育ち、十分な愛情と物資を享受してきた。友人も少なくなく、運動、文化活動、勉強と、あらゆる領域において、平均以上の数値を出していることは客観的に見ても間違いない。完璧超人というにはいくらかスペック不足だが、優等生と呼ぶには十分なレベルだった。

僕は自由を求めていた。けれどそれは、ぼんやりとした「自由」、と述べたように、なんら具体的な形を持っておらず、結局はただ単に、決められた時間拘束されたり、行動を細かなルールによって管理されたりすることが嫌なだけだったのだとも思う。僕はなるべく規則と集団行動から逃れたかったのだ。放課後の時間まで学校にいたいとは思わなかった。

だから、僕は男子帰宅部に入部した。

よく、部活動無所属の生徒と「帰宅部」に入部した生徒の違いを聞かれる。

帰宅部はあくまで部活動だ。そして競技である。今でこそ「帰宅」の知名度も上がったが(むろん、それは僕の活躍によってだけれども)、かつては極めてマイナーな競技であり、稀な部活動であった。そのため、部活動に入っていない人間と「帰宅部」の人間はしばしば混同されたし、あるいは部活動に入っていない人間のことを「帰宅部」と呼ぶことも多々あった。

© 2019 一希 零 ( 2019年10月7日公開

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