六年生の夏休みが間近に迫ったある日、明日香は美紀の家に誘われた。
「うちのミュウミュウが子どもを産んだんだ。すっごくかわいい子犬が六匹。見に来ない?」
「うん、行く!」
大きな段ボール箱にタオルを敷きつめた即席の飼育箱には、まだ目すら開いていない子犬たちが母犬の腹に鼻を押しつけて乳を吸っていた。白っぽい色をした雑種犬のミュウミュウは美紀と明日香の姿を見ると頭を軽くもたげ、けだるく尻尾で何度か床をたたいた。
「この赤ちゃんたち、昨日産まれたばかりなんだよ」
「わあ、すごくちっちゃいんだね」
「よかったら触ってみて」
明日香は箱の前にしゃがみ、母犬よりも白くてなめらかな毛に覆われた背中にそっと指をすべらせた。熱を発する皮膚の下では小さな心臓がものすごい速さで躍動していた。子犬は明日香に構わず一心不乱に乳を吸い続けている。明日香はその様子をたまらなく愛おしく感じた。
「今ね、全部は飼えないからこの子たちをもらってくれる家を探してるところなんだ」と、美紀が背後から話しかけてきた。「明日香の家はマンションじゃないでしょ? 欲しかったら今度一匹あげるよ」
「本当?」
子犬が自分の物になるなんて夢のようだった。子犬は甘えん坊に違いないから、きっと家の中のどこに行ってもついて来るに違いない。冬の夜には一緒に布団にくるまることができるし、もう少し大きくなったら海や公園に連れていって遊ぶことだってできる。ボールを取ってこさせれば、なでてもらおうと人なつっこく小さい頭を差し出すだろう。一人っ子の明日香にとって子犬は愛くるしい年下のきょうだいで、一番の親友になってくれるはずだ。子犬と一緒の毎日を思い描きながら、明日香は軽快な足どりで家に帰った。
ただ、唯一の問題は両親をどう説得するかだった。明日香が子犬の話を持ち出すと、ひよっこスーパーでのパートの仕事から帰ってきたばかりのお母さんはため息をついた。
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