国道を横切る横断歩道はなかなか信号が青にならない。車社会における少数派である歩行者は目の前を時速六十キロで自動車が滑っていくのを見ながらいつまでも待ち続けなければならないのだ。これは急いでいるときには特につらいことである。乗るべき方向のバス停は道の向こう側にあって、乗るべきだったバスは目の前を通り過ぎていく。でも私にはどうすることもできない。結局、信号が変わるのを待って道を渡っても、バス停で長々と次のバスを待ち続けるはめになる。
そのおばあさんに背後から小さな声で呼びかけられたときも、私はバス停に向かう横断歩道の前で長い信号待ちをしていた。あまりにも小さなその声は走る車の轟音にかき消され、はじめ私は何も聞き取ることができなかった。人の気配を感じて振り返ると、小柄なおばあさんが口をパクパクさせて何かを訴えながら私に向かって歩み寄ってくるところだった。サイレント映画だったら飾り文字で書かれた字幕のショットに切り替わる場面だ。
しかし現実の世界ではそう安易に場面が変わったりはしない。何しろ車がうるさかったので、私は大きな声で聞き返した。
「ちょっと、聞こえにくいんですが?」
「……その、バスがね」
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