一 立つ
朝のひかりに わたしは目覺める
右のあしは 布團のぬくみのなかに
左のあしは 硝子であつて
夜のあひだ 月の色を呑みこんで
うすあをく 光つてゐる
床に下ろせば つめたい音がする
硝子のかかとが 木目をひとつ讀む
わたしはたしかに立つてゐる
けれども 立つてゐるのは
わたしの 半分だけ
二 歩く
ひとあし
ふたあし
肉のあしが 硝子のあしを連れてゆく
窓邊へ 卓へ
誰も來ない 郵便受けへ
硝子のあしあとは のこらない
ただ 朝のひかりに
わたしのかたちが
ひとつぶん
透きとほつてゆく
三 きしむ
雨の日 硝子はうたふ
かすかな けれどたしかな音で
古い茶碗のふるへるやうな
それは
骨をもたぬものの 悲しみか
それとも よろこびか
わたしはしやがんで
硝子のすねに 頬をよせる
冷たさは 痛みに似てゐる
痛みは 靜けさに似てゐる
靜けさは
誰かを呼ぶ聲に 似てゐる
四 ひびが入る
ある夕ぐれ
膝のあたりに
細い細い線が走つてゐるのを 見つけた
髪の毛ほどの
細い川のやうな
ひとすぢの
これがわたしの 來歴だ
これがわたしの 旅程だ
これが
口にせずに來た
すべての言葉だ
五 割れさうになる
風の強い夜
わたしは硝子のあしを 抱いて眠る
抱くといふより
ただ 近くに置いて
冷たいものに わたしの體温を
わけてやるつもりで
割れてしまへば それでもよい
わたしの半分が
透きとほつた砂になり
朝の疊の目に 散らばつたとて
それも ひとつの
わたしの 在りかた
六 映る
窓のそとに 小鳥が來てゐる
わたしを じつと見てゐる
その黒い眼のおくに
硝子のあしが ちひさく映つてゐる
肉のあしには 映らぬものが
硝子のあしにだけ 宿る世界がある
わたしは ふいに
おのれの片足を うつくしいと思つた
さびしさが しづかに ひかつてゐた
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