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翔念譜

無花果回

渇天(カーテン)の縁からこぼれた、ひと匙のひかり。
動けない軀が、いちばん遠くまで翔ぶとき──
少年は名を脱ぎ、誰のものでもない一篇のヒカリへと為る。

タグ: #詩 #身体詩

619文字

朝が ぼくの 顳顬こめかみ
ひそやかに 触れてくる
渇天カーテンの 縁から
こぼれた ひと匙の ひかり

 

天しずくが
ぼくの 細い腕に 染みてゆく
ほどけた雲が 川に なった しずく
だれかが
空を 絞ってくれたのだ

 

母さんが
紅玉こうぎょくの りんごを むく
螺旋をえがく 紅い皮は
ぼくの 血管の 道のりに 似ていて
あらわれた 白い果肉は
ぼくの 痩せた肩に 似ている

 

「少年よ ヒカリで あれ」
── だれの 声 だろう
枝で ゆれる ひよどり
雲のかけらを ついばんでいる

 

ぼくは うごけない
うごけない この からだ
いちばん遠くまで 翔んでいる
心電の 折れ線は
ぼくが いま じている 山なみ
酸素マスクの 内がわで
ぼくの 子いきは
ちいさな 海鳴りに なる

 

うずきが めぐるたび
神さまが しずかな譜面に
書きとめてくれる
ささやかな 星譜せいふ

 

ぼくの ほね
蛍の 灯心とうしんに してください
ぼくの 黒髪を
夜の 細い 経糸たていと
ぼくの 名を
だれかの 凪いだ 午後に
── そっと 揚げてください

 

子いきが 浅くなる
胸の ふいごが 小さくなる
でも こわくない、と
口にして みる
こわくない、と

 

しろい 手が 降りてくる
脈を とる
その 指は あたたかい
ぼくの 名を 読みあげるように
すっ と 数を かぞえてゆく

 

母さん
泣かないで ください
ぼくは ヒカリに 為るのです
だれかの 手のひらの 体温として
夏の 草いきれの 匂いとして
雨あがりの 舗道で 跳ねる
ひかりの ふるまい として

 

ぼくの 軀の 重みを
ほんの ひと匙
わかちあって ください

 

振りむかないで
ぼくは いつも
すこし先の
ヒカリで います

© 2026 無花果回 ( 2026年5月3日公開

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