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くちゅくちゅのビリヤニと太腿(JKの)

合評会2025年7月応募作品

眞山大知

バスマティライスはおいしい。7月合評会参加作品。

タグ: #サスペンス #ホラー #合評会2025年7月

小説

2,778文字

警察が貴女のマンションに入ってきたとき、わたしはようやく救われた気がした。たくさんの足音。警官の怒号。逮捕令状。貴女の、白くて細くて、それでいて小皺がうっすら走る手首にかけられた手錠。わたしの頬に、安堵の涙がつたった。このままいけばわたしは貴方を殺さざるを得なくなって、YouTubeだったりTikTokだったりでヤンデレ殺人鬼JKにしたてあげられ世間に晒されたのだろうから。

潤みきった視界。貴女が趣味のカレーづくりのためにこだわった、システムキッチンがぼやけて見える。わたしは床に座っていて、その場でうつむくと、左足は内側に曲げ、右足はだらしなく伸ばし、制服のスカートのプリーツと、わたしの太腿には、作るのに失敗した、くちゅくちゅのビリヤニのバスマティライスが乗っていた。――インドの炊き込みご飯。貴女がわたしの太腿を皿の代わりにして食べた、今日の夕飯。

 

 

朝十時あたりの山手線にぽつんとひとりで乗ってスマホと文庫本へ交互に目をやるJK。わたしはそんな類の人間で、保健室に登校して、ベッドに寝て、帰りたいときに帰る。おっさんの担任もおばさんの副担任も、わたしを腫れ物のように扱った。お父さんもお母さんも、大人なんて誰も理解してくれないし、同級生はわたしのことを蔑んだ目で見る。わたしは東京のど真ん中で、ひとりぼっちだった。ひとりぼっちは孤独を埋めるためにマチアプにすがるしかない。高二の夏、わたしは貴女に会った。待ち合わせ場所の、ルミネ新宿のスープストックトーキョーで毒親本を読みながら待っていた姿が可愛かった。だから田舎出の秀才が新宿のカフェー嬢に惚れこんで破滅するなんて、谷崎潤一郎の小説みたいな身の滅ぼし方をわたしは貴女にさせていた。けど、わたしはカフェーでなく、コンカフェ嬢のJKだし、貴女は谷崎の作品に出てくる情けない弱者男性じゃなくて、わたしには絶対なれないバリキャリだ(まあ、アラサーなのにJKに手を出した貴女も、マチアプで知りあった年上の女にここまで入れこむわたしもろくでもない人間なんだけど)。

貴女のことは基本的にすべて好きだったけど、唯一、仕事中毒なところだけはどうしても受け入れられなかった。誕生日の日も、英語でリモート会議をして、わたしを置いてけぼり。「仕事が楽しいから」って貴女はよくふわふわのカールの髪を指でくるくる弄んで言っていたけど、いつも手の爪には噛んだ跡が残っていた。

髪も気を使ってるかもしれないけどよく目を凝らすと乱れている。貴女を見るたび、わたしは本能的に昂ぶってしまう。ああ、もうすぐ壊れるなって思うと背筋がゾクゾクする。世間知らずのJKのくせにって笑われそうだけど、わたしは貴女の終わりかけがわかった。瞳の奥で、頭蓋骨のなかで、心臓のなかで、静かに壊れる魂が。

貴女はわたしが止めない限り、会社で完璧なマネージャーだってことをいちいち自慢してくる。会議室では牙を剥き、プレゼンでは上司を黙らせ、しっかりKPIを達成し、クライアントには媚びも売る。誰より稼いで、誰より冷たい。

なのにわたしの前ではびっくりするくらい従順で、愚か。貴女、部屋でベッドでわたしに縛られたまま、「お仕事行かなきゃ……」って涙目で言ったね。わたしが「ダメ」って言って頬をビンタしたら、貴女はぴたっと素直に黙った。あのときの貴女の怯えるような顔を見た瞬間、わたしのなかで、バチンって音を立てて理性が弾けた。――好きって感情じゃない。もっと重たい。もっと暗い。なんていえばいいんだろうな、ああ、そうだ。破壊衝動だ。

わたし、高校生だよ? しょせん都立高の、出席日数も頭もギリギリのJKで、代々木のやる気のないコンカフェに出勤しても、あまり客に媚びず、むすーっとして、バックヤードで店長に嫌味を言われるぐらいの無能。

でも、いつの日だったか覚えていないけど、貴女の目は、わたしを本当の意味で「見た」。その怯えている目線は恋人に向けるものではなかった。おそらく、貴女は田舎から東京に逃げるまで、その目で実家で親を見ていただろう。

わたしは哀れみもこめて言った。

「わたしが、貴女のママになってあげる」

その言葉を、貴女がどう受け取ったのかは分からない。でも、その日から、貴女はわたしの言うことに逆らわなくなった。

ピアスを開けた。爪を毒々しい赤く塗った。コンカフェにも来て、貴女は「好きピが働いてるから♡」ってわたしに言って他の客に、蔑みと哀れみの混じった目を向けられても、笑ってた。

そしてあの夜、制服のまま座るわたしの足を、貴女がテーブルの下で舐めたときに確信した。もう、貴女はわたしなしでは生きられないし、わたしも貴女なして生きられない。

わたしの唾液がなければ喉も潤せない。わたしの許可がなければ何も食べられない。貴女は生きるために、わたしに命令させた。

 

 

貴女はビリヤニを食べていた。わたしの太腿に載せたビリヤニを、ひざまずいて、泣きながら。犬みたいに。

貴女は口からぼろぼろと、インドの米のバスマティライスを床にこぼした。わたしは貴女においしいビリヤニのつくり方を教えてもらったのに、あの日に限ってわたしはビリヤニづくりに失敗して、汁気たっぷりでくちゅくちゅになっていた、バスマティライスを。

貴女は「ママ、ママ。好き」なんて戯言を言いながら食べていたね。バカみたいだった。くちゅくちゅのビリヤニとJKの太腿に溺れてしまえと思った。

けどね、わたし、こんな惨めになりたくなかった。なにが悲しくて、干支一回り分より年上の女の母親代わりをしなければならないの。助けて。助けて。わたしもたいがいだけど、貴女はずっとずっとおかしい。

太腿のビリヤニを食べた貴女は満足したような、それでいてとても卑しい顔つきでわたしを見上げた。何もかにも怖くなった。貴女を殺さない限り解放されないんじゃないかって思った。わたしが泣きそうになったそのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえだした。

 

 

結局お父さんの転勤についていって、わたしは東京から離れた。でもね、絶対にどこに行ったは教えられないの。お願い。できるなら刑務所から出てこないで。助けて。助けて。わたしは母親じゃない。貴女を産んだ覚えも、育てる義務もない。けど、あれから一年も経つのに貴女がずっと夢のなかに出てくるの。わたしがお母さんで、貴女は赤ちゃんになって、あの夜のように、赤ちゃんになって、私のおっぱいを咥えて、笑う。そして太腿に載せたビリヤニを食べながら、「ママ、ママ」って、甘えてきて、あんなぞっとする顔を見せてくるの。

わたしは貴女の母親じゃない。

なのに今夜も貴女は夢のなかで、わたしの目の前に這いつくばって、太腿に乗せたビリヤニを食べながら笑っている。

© 2025 眞山大知 ( 2025年6月6日公開

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3.6点(9件の評価)

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"くちゅくちゅのビリヤニと太腿(JKの)"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2025-07-15 11:34

    主人公は誰を殺したんだろうと気になりながら読み進めましたが結局分からずじまいでまんまと罠にかかったような気分です。
    バリキャリとJKがビリヤニでねちょねちょくっつくというのがエッで良いですね。
    バスマティライスって知らなかったんですが長粒種の一種なんですね。タイでジャスミンライスはよく食べてましたが、ジャスミンよりも旨そう。

    • 投稿者 | 2025-07-25 19:31

      ねちょねちょなエッな概念を作品に詰め込みました。わたしもタイに行ったときジャスミンライスを食べましたがバスマティライスも美味しいですよ✌️

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-25 17:40

    エッチですねー! 太股にビリヤリ乗せて食べるシチュエーションだけで既に天才だと思ったので、もっとねっとりじっくり書いた版も見たくなりました。バリキャリのビリヤニ。JKにはもっと丁寧に追い詰められてほしいと思いました。もっとこれでもかと言うくらい。
    余談ですが「ママにならないで」の別弾だったのかなとかんぐってしまいました。

    • 投稿者 | 2025-07-25 19:33

      谷崎潤一郎っぽいジメジメねちょねちょしたエッな概念を詰め込めました。この作品を出したのは古賀コンの前なのでむしろ古賀さんがわたしの別弾(?) 

      著者
      • 投稿者 | 2025-07-26 10:39

        ですよね。エッチな純文学風なところにビリヤニを乗せて温故知新……!

        ほんとだ! 失礼しました! 6月ですからね! この話は! 順番的には古賀さんが眞山さんの派生形!! ということは眞山さんがママ……?
        世界にはママがあふれてますね。

  • 投稿者 | 2025-07-26 10:16

    スープストックで無料ご飯に群がる子ずれママに囲まれながら毒親本を読む女の情景が好き。警察を呼ぶに至った経緯は分かるのだけど、どのような罪状で部屋の中に入り手錠を掛けたのかが気になりました。

    • 投稿者 | 2025-07-26 15:50

      むかし、親との関係に悩んでそういう本を読んでた時期があったのですがネットで買った中古本に新宿のスープストックトーキョーのレシートが挟まっていたのを思い出して作品のモチーフのひとつにしました。
      罪状は作品には書いてませんが未成年者誘拐あたりが妥当かなと。

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-26 12:49

    読まされました。引き込まれる出だし、意味深なモノローグ。ビリヤニを変態アイテムに持ってくる発想。

    文字数に限りがあるのが残念です。深みに落ちる二人の世界を淫靡に味わい尽くしたい。

    欲を言えば、「殺さない限り逃げられない」と思いつつ、殺害衝動が湧き上がってくる自分に驚く、くらいまで行ってくれたら良かったかな、と。

    • 投稿者 | 2025-07-26 15:53

      ありがとうございます😊
      もう少し吹っ切れればよかったかなあと反省💦

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-27 00:39

    きっともっと書きたいこと(わたしが読みたかった)があったかと思いますが、枚数制限があるのでないものねだりですね!
    JKの心情が変わるところを知りたかった気持ちがありますが、そういうのって作者に書いてもらうより、読者が読み取るものだと思うので難しいところだと思い勉強になります。
    ひざまずいて、泣きながら、犬みたいにビリヤニを食べるシーンにグッときました。

    • 投稿者 | 2025-07-27 15:31

      ありがとうございます。もうちょっと字数があればなあ……💦

      著者
  • 投稿者 | 2025-07-27 18:13

    うわぁすごかったです、ともかくすごかった…!
    ふとした瞬間に思ったことが絶対で、そうはいっても成長のスピードも早くて。そうした若く未完成なJKと、自己が確立してきてしまっているバリキャリが、かみあってからかみあわなくなるまでの儚い均衡、それが崩れていくスピード感と描写がすごいと思いました…!

    • 投稿者 | 2025-07-28 12:34

      ありがとうございます😊 ビリヤニのバスマティライスのごとく、ふわふわですぐ崩れる儚い人間関係を描きました✌️

      著者
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