投了
そろそろ、かなあ
小景
君のまつげがない
右目のまつげだけがない
午前零時のガストにて
おたがいに抱え込んだ負債をどう返済しようかと
笑ってる場合じゃないのにもはや笑うしかないし
それでも笑えないわたくしたちは
ドリンクバーのレモンスカッシュを飲す
グラスをみつめる君の右目から
まつげが失われている
レモンスカッシュって いい言葉だよな
そう言われて 呟いた
わたくしの唇から発せられた
レモンスカッシュなる音は
わたくしたちの手からすべりおちてしまった済度の記憶
中空に消えて 薄黄の燐光を散らす
その宿命的な一日に
君は壊れたかばんを直そうとして
ダイソーで瞬間接着剤を買ってきた
そいつがきちんとでるか確かめたかった 確認したかった
キャップをはずしたチューブの先をみつめて
君はやさしく さぐるように
にぎりしめた手に力をこめた
つかのまの黙祷と
おとなった幻痛のいくつかを経て
君はやさしく力をこめた
わたくしたちは期待するより多くのもの
より少なきものを求めてはならないから
疑惑や畏怖に指先をふるわせ
生き身に味わった拳骨のすべてを想いかえしながら
君はやさしく力をこめた
もう一度、と
それはほとんど
愛といってもよかった
チューブからは君の願いよりはるかに多くの接着剤があふれ出て
右目にほとばしった
レモンスカッシュの恩寵から遠くはなれてしまった君の
やさしさ加減に問題があったにせよ
あんなにも愛が試されて
やさしく力をこめたはずなのに
いまここで
レモンスカッシュを飲しているというのに
右目のまつげだけがない
君のまつげがない
薄明
おい
おいおい
なにを期待して 来たんだ お前?
この海っぱたまで
ひとりでなにしに来たんだ?
まさか「自己解放」だとかいうなよ
恥ずかしくないのか?
お前 いまいくつだ?
薄明
鷹栖海岸 夕ぐれ
砂浜に散らばってるのは
断面を削りとられて 丸くくすんだガラス片
きたならしくひからびた藻屑
うちあげられ 乾いて硬まった匿名の小魚
ロケット花火の棒きれ
半端に砕けた貝殻
特になんの感興もわかないその色は
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