共振A
ひさしぶりに早起きして
ベランダで煙草吸ってる
そうだこれが
正真正銘 まかりの間違いなく
俺の実体なのだと
意識することはかなり避けたく
かいなく
朝七時 雀が鳴いている
物干し竿をなでると
うすぼこりと排気ガスの堆積が黒く指先に残る
瘢痕のようだが 私に罪はない
だろ?
今日はなにすっかな
なんかまたやること ひねくりださねえと
七月のなまぬるい太陽にむかって説諭する
お前はもう昇ってくる必要がない
おとなしくしていなさい
眼下の高架 小田急の上りが通過する
いわゆるところの満員電車
窓にへばりついてるサラリイマンが通過して
目と目があったら
「ここから出してください」との彼の祈りが
ハートにハードヒット
俺もここから出してほしい
このあたりの問題を
一度いっしょに考えよう 本気で
改心
今日も十六時間 寝て
そろそろ夕べの「ニュース7」がはじまる
べつに見たくないからもういちど寝よう
わかってる
お前がしがみついているその布団は
お前以外の誰もひっぺがしてはくれない
奏上
どうしてこんなことになっているのか
わからないまま
布団をひっかぶっている午前三時
誰かより よい祈り
誰かより よい生活
どうか
自分だけがしあわせでありますように
他のひとはみんな死んでしまいますように
おかえりなさい
こいつにはこれくらいの話をしておけばいい
こいつの話はこの程度の相づちをうっておけばいい
こいつの小説はこれくらいの出来だろうし
こいつの人生はこれくらいのものだろう
そしてまた
わたしの人生もこれくらいのものだろう
以上の目算により
布団に回収される
ケチャップとマスタード
もう ほんと限界だ
ほんなこつ リミット・ブレイク
ご破算の臨界に達するまで
蠢動し もぞついて
毛布の匂いをくんくん嗅いで
布団でひくついたあとは
はらがへったよ 午前二時
食い物を買いに行かなくちゃあならない
セブン-イレブンまで歩いて二分もかかるんだぜ?
そのあいだ
あのおそとに立ち向かわなけりゃならないんだぜ?
環七沿いの陰惨な小道の脇に
ちいちゃな野っ原があり
薄闇のなか
群がり濡れそぼっているのは
小便くさいセイタカアワダチソウ
そいつらは立ち枯れて 腐れて
その根本に
あらびきポークフランクを買うときに添えられる
ケチャップとマスタードのプラスチック容器が転がってる
ぺろっとひしゃげていて
中身がない
中身がしぼりとられた後のノコンカスが
フィルム越しに見えて
そいつはまだらだったりするので
この二分の道行き
お先になんにもみえないセンチメンタル・ジャーニーは
たいへんに険しい
行きたくない 行きたくない
巣
布団は体臭が染みついているから ねむりやすい
そういえば
飲んでいる自分を忘れるために飲んでる
あいつは言いながら飲んで
そこまでいったかこの廃物
見下ろしていた自分は
眠っている自分を忘れるために眠ってる
人生の目的
汝の欲するところを欲している
布団
お灯明
お布団から見上げる
消された蛍光灯にまだ灯る
豆球あるいは常夜灯
そのかぼそい あかりは
この上なく清浄で あたたかい
そのあかりのもとで
ものみなの
残酷な輪郭はゆるくほどけ
やわらかく溶けあっている
机が書棚が オレンジ色の闇に没して
正体が定かでなくなる
だから私としても私自身の正体を求めようとはしない
正体探しという
日中のおかしな脅迫から解放され
朝がきて 明証的な光が差し込んで
正体を 存在を強要するまでもう少し
祈り続けられるふしあわせについて祈る
大洪水
東京で最大瞬間風速を記録した夜は
無責任なわくわくがとまらない布団
おねがい もういっかい大洪水
浄めなおされた世界に跳ね出すうれしさ
カーテン開ければ
焼き肉屋の看板が割れてただけだった
もういちど
もういちど あたらしい生をとりもどしたい
このねばっこい布団から這いずりだし
復活だよ
巡礼に出るのだ
金は?
ない ショッピング枠で現金つくって
それで巡礼か
渇望していたり
満たされていたり
よろめいてみたり
うさんくさい顔して うろつきまわらにゃならんのだろう
あらびきポークフランク抜きの巡礼が
お前に耐えられるのか?
共振B
深夜に徘徊したくなるという発作は
誰にでもある
駒沢公園で夜のひとりあるき
いでし花野の
なんてさそわれるきみはいない代わりに
職務質問をするために巡回している
こわい顔したおじさまがいらっしゃる
布団から解き放たれて
目的もないままうろつきだした
二月八日の
午前三時は誰もいない
やたらめったら歩きまわったあと
ベンチで一服する
ロードバイクにのったお兄さんが遠くで何かの合図をしてくる
目を閉じておく
スケートボードの少年たちの 残響
となりにねっころがっているおじいさんは
ブルーシートのお布団にくるまって
やすらかで 心地よさげな寝顔
白くなった顎髭もやわらかそうだし
夜露でしっとりしているのだし
この冷たさのなか
ここにはもう二人しかいない
わたしがどういう人間なのか
何を願い 何をあきらめてきたのか
朝まで話したかったけれど
起こすと悪いからやめた
職業病
梅に顔を近づけていたら
自分が少し美しくなった気がした
それを誰も知らないことがたまらなく悲しかった
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