CROWN

小林TKG

小説

2,302文字

浦和の駅前にタワーマンションが建てられているのを見て思いつきました。イグBFC6によろしくお願いいたします。

七里が小林と付き合うようになってから三年ほど経つ。小林には妻と子供が二人いる。上が娘で下は息子。時々小林が職場で同僚と話しているのが同じ課で働いている七里の耳に届く事がある。子供は手がかかる。金がかかる。妻も色々と言ってくる。本当に大変だよというような話だ。七里はそれを前時代的だなと思う。そういう事をSNSなどで発信して叩かれて炎上して個人情報とかが流出したりすればいいにと思う。未だにそういう事を他の人がいるオフィスなんかで馬鹿笑いしながら話しているのが愚かしい。しかし七里はそれを言わないし顔にも出さない。七里は小林と付き合っている。不倫している。不倫関係になってもう三年ほど経つ。それに小林は七里の前ではそういう話をしない。七里も他で話していたことを二人で逢っている時に持ち出すほどの熱は無い。小林と結婚しているわけでもない。不倫だ。奥さんの事は少し哀れに思う。いやそれさえも無いかもしれない。初めの頃。小林と不倫関係になった初めの頃には熱もあっただろうし小林の妻に対しての何かしらの感情もあったと思う。でも三年という時間はその両方を彼女から消し去ってしまった。それが一般的なのかどうか七里にはわからない。でもまあ他も概ねそのようなものなのではないかと思っている。小林はいつも七里の事を優しく抱いてくれる。余計なことは言わない。七里は満足している。過不足なく。彼女は自分が小林の体の匂いが好きな事を自覚している。小林に抱かれるために七里は週に何度かジムに通っている。小林の体は年のわりに引き締まっている。だから自分もだらしない体ではいけないと思っている。ジムに通っているしエステにも。不倫の為にそういう諸々の事をしているのかと思うと愚かしいとも思う。自分も同じだと思う。

七里は浦和に住んでいる。仕事に行く前に天気予報を確認しようとしてスマホを操作しているとGooglechromeのディスカバリーに浦和のワシントンホテルが近く営業を終了するというのが出てきた。昔いちど友達とそこのレストランに行ったことがあった。その事を彼女は夜に仕事が終わったあと小林との食事の時に話した。二人ともワインを飲んでいた。小林が選んだワインだった。
「ふーん。そうなのか。浦和の駅前は最近再開発しているからその影響なのかな」
「どうかしら。それもあるのかも。それに浦和のワシントンホテルって駅からちょっと離れているのよね。それも関係してるのかも」
「寂しいのか。営業終了前に一度行こうか」
「何言ってるのよ」

七里は浦和に住んでいるが小林はそうではない。彼は目白の坂の下の瀟洒なマンションに住んでいる。妻と子供二人と。七里にした所で特に浦和のワシントンホテルに思い入れがあるわけではない。ただ思い出しただけ。

その日の小林はいつもよりも少し饒舌だった。愉快そうだった。この世の何もかもが愉快そうだった。昼すぎ職場で同僚と話しているのを七里はいつもの様に仕事をしながら聞いていた。彼の子供が。息子が運動会の徒競走で一等になったらしい。そのせいなのかもしれない。しかし小林と七里はそう言う話はしない。だからその時に七里の前にいる小林はただ。いつもより少し饒舌で愉快そうで。

飲んでいる時も小林はずっと。店を出てホテルまで二人で歩いている時もずっと。ホテルに入ってからも。シャワーを浴びている時も。私のシャワーを待っている時も。男は。小林は。ずっと。ずっと愉快そうで。

それでなのか。だからなのか。小林は。その日。珍しく。もしかしたら。初めてかも知れない。ベッドで。小林が七里を抱き寄せてから。キスして。これからという時に。
「今日も浦和駅の周辺を再開発しようかな」

そう言った。そう。間違いなく。そんな軽口を。七里はそんな小林をはじめて見た。はじめて見たし。それに。それにそれから。

それから。

 

それから。七里の中にその言葉がずっと残っている。あれから。あれからずっと。七里の中にその言葉が残って消えない。無くならない。残っている。口内にも。体内にも。脳内にも。七里の中に。残っている。薬の飲み残しみたいに。ずっと。残っている。日に何度も。毎日何度もそれが色濃くなって七里の中に現れる。それが現れるたびに七里の中に苦いものが広がる。口内にも。体内にも。脳内にも。七里の中に苦いものが広がる。

もう大分前から浦和駅の西口で工事が行われている。新しいタワーマンションが建つ。
《URAWA CROWN》

浦和の誇りになる。そう書かれていた。

あるとき七里はそれ眺めていて思った。巨大なクレーンを見ていて。彼女は思った。憎しみだ。彼女はすぐにそう確信した。これは憎しみだ。これは小林に対しての憎しみだ。
「今日も浦和駅の周辺を再開発しようかな」

と言われた。小林は私の事をそんな風に思ってたんだ。七里は思った。家に帰れば奥さんがいて。子供が二人いて。娘がいて。息子がいて。その息子が運動会の徒競走で一等になったからって。あの日あの男はいつもよりもお酒を飲んで。愉快そうで。嬉しそうで。それで。きっと。口を滑らせたんだ。
「今日も浦和駅の周辺を再開発しようかな」

殺したい。殺してやりたい。あの男の事。

小林はそれから少しして死んだ。男には七里以外にも女がいたらしい。その女に刺された。それで死んだ。それでも七里の中に憎しみは残った。消えなかった。七里がそれを消さなかった。これは私のもの。私だけの。私だけのもの。消してなんて絶対にやらない。

浦和駅西口のタワーマンション。それは徐々に徐々に出来ていく。マンションが建てられていく。それを見る度に七里はそう思う。

2024年10月12日公開

© 2024 小林TKG

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"CROWN"へのコメント 3

  • 投稿者 | 2024-10-17 02:55

    なんでイグなんですか?
    これ好きです。
    イグじゃなくて良いと思いました。

    • 投稿者 | 2024-10-17 08:01

      www
      コメントありがとうございます。
      昨今の不倫に対しての外部からの死ね死ね感などを鑑みまして、イグとさせていただきました次第ですwww
      あとは、
      まあ……、
      もし覚えていたら今度の合評会の時にでも。

      著者
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