若いころ僕は早く結婚したいと思っていた
家庭を持ってる男って何かカッコイイって、守るモノがあるって何かカッコイイって、思ってたからだ
でも今の僕は…
守るモノなんていらないし、守りたくない
…そう思うようなオジさんになってしまった
今まで結婚したい、結婚を考えた女性というのも何人かいた
でも全員、縁がなかったというか…母親と合わなかったというか…
そう、僕の隣にはいつも母親がいて…僕の結婚を許さなかった
僕が中学二年生のときに父親が死んでからずっと僕の隣にいる、この母親が…
僕の結婚を許さなかったんだ
「マザコン?あんなイイ年のおっさんが?」
「うん」
「っていうか、あのおっさん独身なんだ?」
「そうだよ」
「…今年いくつになるのよ、一体…」
「今年の九月で六十歳かな?」
「うわー…アンタそんなの毎週相手にしてんだ?」
「そんなのって…あの人けっこう優しいよ」
「いや、そういう意味じゃなくってさ…アンタを指名してる客って変なの多いわよねぇ」
「そうかな?」
「そうよ」
相変わらず同僚には変な客が多いって言われちゃうけど、私は私を指名してくれるお客様達は変じゃないと思ってるし、マザコンと言っても言い換えれば、お母さん思いの優しい人なんだし
私は本当にちっとも変じゃないと思うんだけどなぁ
・
僕の一日は母親の食事の支度から始まる
もうすぐ八十歳になる僕の母親の食事は流動食
もっと美味しいものが食べたいという母親にこのドロドロとした不味そうなものを食べさせる
「はい」
「…またこれ?」
「まぁまぁ、カラダのためなんだからさ」
「…いらない」
「…じゃぁソコに置いておくからゆっくり食べて、僕は会社に行ってくるから」
「こんな不味いの食べたくない」
「…行ってきます」
毎日コレの繰り返しだ
僕はいつの間にか外で一人で朝食をとるようになった
母親の顔を見たくないからだ
「ブレンドとバタートースト」
「はい」
こうしてお気に入りのカフェでゆっくり一人で朝食をとるのがイイ
母親と一緒だなんてまっぴらだ
「 … 」
いつからそう思うようになったんだろうか?
年老いた僕には守るものなんてない
母親は守るべき存在ではない
一体いつからそう、思うようになったんだろうか?
もう…解らなくなってしまった
僕はもう解放されてもいいんじゃないだろうか?
・
「今日も来んの?あのマザコン親父、いつもの時間に?」
「マザコン親父って…来るよ、いつもの時間に」
「いやー熱心だねぇ、そのうちプロポーズとかされんじゃないの?」
「それはないんじゃない?だってお母さんいるもの」
「あ、そっか」
プロポーズかぁ、されたら何となく嬉しいかも。愛されてるカンジがして
・
「こんばんは」
「あ…今日も来ちゃいました」
「嬉しいです、毎日でも逢いたいぐらいですよ」
「え…」
「え?」
「キミと毎日一緒にいれたら…」
「 … 」
「僕と毎日一緒にいてくれますか?」
「えっ…」
「なんてね、すみません」
真剣な顔でそんなこと言うから濡れちゃったじゃない
言葉でイカせるなんて…ずるい
end
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