駅まえの花屋によった。ただひとりの店員である初老の女性に五〇〇〇円で花束をみつくろってほしいとたのむと「なんどめの結婚記念日ですか」「奥さまの生年月日は」などと質問がきた。いちおう答えはしたがいずれのこたえにも自信がなかった。店員はまよいのない手つきで花束をあつらえた。白を基調とした花束だ。はなやかさに欠ける気がしたが指摘できずしぶしぶそれをうけとった。
折りたたみ傘をさしてこぬか雨のなか家路についた。早足に往くひとたちに追いぬかされながら花束をさしだされた際の由美の表情を想像した。よろこんではいない。「葬式ね」そんなことをさえ言われる気がした。じっさいにそう言われたので謝罪した。由美はためいきをついた。それでも花束は花瓶に生けて玄関にかざられた。
やがて花は枯れて由美は死んだ。享年三十七。とつぜんに脳溢血でたおれてそのまま意識がもどることはなかった。
棺におさめられた由美はしらない女に見えた。由美が病院にはこばれてかけつけるまでのあいだに別人と入れかわった可能性をかんがえた。だとすれば由美はどこか他の土地で第二の人生を生きていることになる。何十年かさきにべつの街でぐうぜんに由美とすれちがうかもしれなかった。火葬をおえても伴侶をうしなったという実感はえられなかった。
「気をおとすなよ。しかたないことだ」
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