「あー、金が欲しい。よし、ジャバ・ザ・ハットをぶち殺そう!」
そう思い立ってやってきた、爆撃機が飛び交う砧公園の夜空。新月だから闇に紛れるのには最適。こっそりジャバ・ザ・ハットの畑に忍び込み、家に置いていた『資本論』をサイドスローで投げ込む。危険思想犯とAIに認定されるには充分な本。何冊か投げ込んだあと、空を見る。爆撃機が鈍い低音を放って旋回していた。どうやらこちらには気づいていない。長居は無用。さっさと逃げよう。砧公園から脱出。東宝前の坂を駆け上ると突然、背後からこの世の終わりのような爆発音が鳴り響いた。
南無三!
翌朝、砧公園の畑は直径数十メートルのクレーターにされた。畑の隣にあったジャバ・ザ・ハットの家は黒焦げにされていた。
ざまーみろ、バーカバーカ。さっさと金を頂戴するか。金といっても、円なんてものは特権階級しか使えない。俺みたいな貧民はコンドームが通貨だ。持ち運びが楽だし、安全なセックスには必要だ。水を入れれば水筒にもなる。怪我をしたら止血用の紐に使える。こんなありがたいものはない。ちなみにAmazonの決済もコンドーム払いに対応している。
黒焦げの家にあがる。金庫は、黒焦げの死体ががっしり抱えていた。持ってきたバールで死体の上半身を殴る。死体は脆く崩れ去った。金庫をこじあけると、予想通り大量のコンドームが入っていた。
おっしゃ、当たり。不二ラテックスだ。え、嘘だろ。箱が五カートンもある。半年は遊んで暮らせるぞ。だけど、これがあれば……。
多摩川沿い、二子玉川の築六十年のボロマンションは火薬臭い。窓辺から多摩川の河川敷へ機関銃を向ける。
ここが新しい職場だ。ここで多摩川を渡る神奈川県民を狙撃するのだ。神奈川県で深刻な食糧不足が続いている。神奈川県を統括するAIが仕事をサボり、飢えた神奈川県民を殲滅しなかった。神奈川県民はスイカに群がる蟻のごとく、食料を求めて、多摩川を渡ってくる。数が多すぎるため、政府の無人爆撃機では始末しきれない。だから人間を雇っているのだ。
面接官にコンドームを四カートン差し出したら即日採用された。やっぱり賄賂は大事だね!
これでも特権階級・国家公務員の端くれ。円が手に入るようになったのはデカい。そしてなにより、弾薬がタダで手に入る。
スコープを覗くと、多摩川を薄汚い神奈川県民がうじゃうじゃ渡っていた。腹をパンパンに膨らませた薄汚いヤツら。昔、仕事場で餓鬼草紙なんてものを読んだことがある。六道輪廻、下から二番目の世界。腹を膨らませたみすぼらしい生き物が腹をすかせて飢えに苦しんでいた。
「どうやら餓鬼道というのは人間界にもあるらしいな」
そう独り言をつぶやくと、隣の同僚、八十歳のジジイが唾を飛ばして叫ぶ。
「うじゃうじゃ言わねえで、さっさと薄汚えね連中をぶち殺せ!」
ジジイの機関銃が轟音を立てて、餓鬼どもをなぎ倒す。餓鬼どもは多摩川の流れに沈んでいった。
「おい、新入り! なに真面目くさってるんだよ。見ててムカつくんだよ! てめえ、まさか文学青年だな? 大学の文学部あたりでも出てるのか? 俺は中卒だ。学歴がなくても、ここまで生きているんだ。偉いんだぞ!」
ジジイがマウンティングしてきたが無視。文学で博士号を持っていることは黙っておいて機銃掃射。何人か撃ち殺したあと、スコープから目を離した。ジジイを見ると、むすっと黙り込み、不機嫌そうなしわくちゃな顔を晒していた。
再びスコープを覗く。川を渡る餓鬼の手元に、白い箱。赤い文字でなにか書かれている……。
「ジジイ、あの神奈川県民、サガミオリジナルを持ってるぞ!」
「馬鹿野郎! あんな薄いコンドームを奪っても、もやしすら買えやしねえ!」
ジジイが弾丸をぶちこんだ。餓鬼の頭がどこかへ吹っ飛んだ。サガミオリジナルは餓鬼の頭部のない死体ごと、多摩川に流されていった。
マンションの廊下で眠りにつこうとしていた。部屋の一部は寮として使われているが、なにせ寮費が高い。貴重な円を使いたくない。
手元をじっと見る。数年ぶりに見た日本銀行券。給料は日当制で一日一〇〇〇円。
国家公務員法? 労働基準法? だいたいあんなもの、人間が政治をしていた頃からまともに守られた試しがねえじゃねえか。
金を貯めれば、新しい本が買える。本だけはAmazonでも円でしか決済できない。特権階級にしか良質な知識にアクセスできないようにする。それは日本だろうが、アメリカだろうが、全世界で行われている政治だった。
なにを買おうか。できるだけ殺傷能力の高そうな本を買おう。どんな本がいいか迷っているうちに眠気に襲われ、意識が遠くなった。
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