平日のなんということもない日のひるさがりにきんじょのスターバックスコーヒーでノートパソコンをひらいているのはぼくがフリーライターをなりわいとしているからである。店内にはほかにもちらほら客がいてぼくと同様にノートパソコンをひらいている男性客もいることはいるのだがまず目につくのは女性であり、かつはママ友たちである。
ママ友たちはだいたいにおいて三人ひとくみでグループごとにもうしあわせたようにひと席あけてかたまってすわっておりぼくはしぜんかのじょたちにかこまれるかっこうだ。ママたちのなかには猿とキューピーちゃんの間の子みたいな赤ちゃんをかかえたママもいてなにかの拍子に赤ちゃんのなき声がパーンと破裂する。パーン、パーン、と。それを例外とすればかのじょたちの会話はきわめてへいたんで音楽性にとぼしくそのわりにひどくやかましいという地獄でいまもおもしろくもなんともないかるい自虐をよそおったマウント合戦をこころみてはガラスをひっかくような不快な声で下品に爆笑しているが、土地が、土地が、土地で、土地の、とことばにつまってそれでもおしゃべりをまえにすすめようと声が右肩上がりに上がってゆくひとりのママの猪突猛進たる様を横目に見てそのみにくく太りくさった容姿にふいにかさなるのはぼくが中学一年のころの音楽教師……、そいつは音楽教師のくせになぜだかぼくのクラスの担任をしていて朝のホームルームなどでよくぼくを視姦してきやがったのであった。そいつのなまえはもう記憶にないのだが、なんでもまだ三十代前半だとかで頬は庭にある白い石みたいにツヤツヤしていて目鼻立ちもけっしてわるくないのだがそのからだははちきれんばかりに膨張していてなにを食ったらそんなになるのかとふしぎだったのだが夏やすみあけにとつじょとして学校からすがたをけした。うわさによれば教え子に手を出したとのことだがじつはそうではなく、人身売買に手をそめていて、それどころかふだんから人肉を食していたというのは市長であるぼくの父からのたしかな情報である。
いいか公崇、そういうことはこの世の中ではそうめずらしいことではないんだぞ。弱肉強食というのはたとえではなく、そのままの意味なのだ。おまえはそういう世界で生きているのだということをよく自覚して、たべられない側でいられるように努力しつづけるひつようがある。
どう努力すれば良いの?
ありがたいことにこの世界の支配システムの中心には「世襲」がある。血の力、土地の力だ。おまえはおれのあとをつげば良いのだ。そして、さらにおまえの息子へとそのバトンをわたしていけば良い。
ぼくはあいまいにうなずいた。勉強とかそういうことを言われるとおもっていたのに、そうではなかったからだ。してみると生きる努力とはセックスをおこたらないということだろうか……。未来永劫この支配システムを継続してゆくためにおまんこしてくれる女をさがしてタネづけしようと頭をフル回転させる、それが努力ということだろうか。だとするのならばその素質はたしかにじぶんにそなわっていると思われた。ところであの先生はどうなったの? とぼくは父にたずねた。
もちろんたべられたさ、と父はなにをあたりまえのことをという感じでちょっとあきれた風に言った。からだ中すっかりぜんぶというわけではないが、たべられるところはたべられたよ。あの女はほんらいたべる側のにんげんではなかったんだ。それがなんの因果かこちら側に足を踏み入れてしまった。そうしたバグはかならず正されなくてはならない。だからルールどおりたべる側のにんげんたちにしっかりたべられた。単純明快たる帰結だ。
だれに、というのはさすがに口にしなかったが文脈上そのたべる側のにんげんのなかに父がいるのはたしかであった。あの音楽教師のはちきれんばかりに膨張したししむらはこの中肉中背の父の腹におさまり、すでにしてうんこになってしまったのだとおもうと、あれほど不快におもっていたかのじょの蛇のようにじめっとした視線がとたんに効力をうしなうようだった。とどうじに、父とそのうしろにひかえているさらに巨大な蛇がじっとりと舌なめずりをしているのがうっすらと見えるようで、このあとの人生を生きぬくにはとどのつまりセックスしかないのだとおもえばやはりきゅうくつを感ぜざるをえないわけだったが。
セックス、セックス、セックス……、と大いなる眠気にあらがうようにかんがえていると、土地が、土地が、土地で、土地の、と言っていたママが話題を変えたらしく、中富さんあれほんとメスね、メスよ、ほんとだれにでもまたをひらく、とそれっぽい話がきこえてきてじぶんの思考との持続性にハッとしかけるがそもそもママたちがはなすことといえばだいたいがそんなことであり、土地が、土地が、土地で、土地の、土地ということばこそが市長である父との思い出の記憶とのゆるやかな連関をしめしておりハッとするによりふさわしい。ようはかくも意気軒昂たるいきおいで艶聞に尾鰭をつけて矢継ぎ早に名誉毀損をしゃべりまくるでっぷりと太りちらかしたママもこの支配システムのなかにおいては中肉中背のぼくのきまぐれである日とつぜんステーキかなんかにされてみょうな夜会でお皿にならべられてしまう家畜の一頭にすぎないのであり、そうおもえば執筆をじゃまされることにも寛容になれそうではある。
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