日の塵「歴史は市民によって作られる」

歴史奇譚(第10話)

消雲堂

小説

2,003文字

■年を重ねると歴史に興味を持つようになります。それは無意識に自分が歩んできた半生と対比させようとするからではないかと僕は考えています。歴史の本を読んで、自分だったらこうしたのではないか? なんて、さも自分が歴史上のヒーローになったように架空の世界に思いを馳せるのでしょうね。そしてそれは、自分の生き方と結びつけて、自分の半生は人に誇れるものであったか? 無駄なく充実したものであったか? という気持ちの裏返しなのではないでしょうか。ちなみに自分の歴史を”自分史”と言います。そこで今回は自分史です。
■この連載では歴史上の奇妙な事象や縁起などのお話をさせていただいております。今回の自分史は歴史のひとつであり、しかも歴史の中で非常に重要な意味を持っているんです。
■私は千葉県のカルチャースクールで自分史製作の講師をしています。そこでは受講生さんから「自分史をどう書いていいのかわからない」という声を多く耳にします。僕は「日々移り変わる世相を挿入しながら、身辺の出来事を日記をつけるように書くだけです」と言います。世相と周辺の出来事の記録…自分史の意義とはこの点にあるんです。
■自分史とは日記のようなものですが、日記の目的とは自分だけで完結するもので、人に読ませるために書くものではありません。ところが自分史は、親族や仲の良い知人に読んでもらうということを考えた記録です。共通することは周辺の出来事を書こうとすると、その時に起きた事件や災害に関して書き加えることです。
「勝者の歴史は虚構?」
■偉人と呼ばれる人たちの自叙伝も自分史のひとつですが、これは不特定多数の人間に読ませようとした自慢話的なエピソードが多く、しかも全編を通して明らかに綺麗事のみに終始しています。当然、本人が書くよりもゴーストライターが書いたものの方が多いようですから、仕事が欲しいライターは、さらに大仰な自慢話的な内容にしてしまうのです。
■「歴史は勝者によって作られる」と言いますが、その最たる例が幕末~維新にあります。幕末には倒幕のために暗躍した「志士」と呼ばれる人たちがいました。その殆どが倒幕のために障壁となる人を殺しています。あの坂本龍馬でさえ捕吏を撃ち殺してしまう…いわば彼らはテロリストなんです。龍馬は暗殺されてしまいますが、幕末に要領よく生き残った志士たちが歴史上の勝者なのです。彼らは明治維新を実行して軍国主義を擁立していきます。
■志士たちによる新政府は、「正義を貫きながら維新という偉業を自分たちだけで成し遂げた」ような勝者の歴史を構築していきますが、実は勝者のみの偏った歴史観では意味がありません。
■彼らは自分たちが幕末に行った殺人や恐喝強盗に数々の騒乱などの悪事を勝者の歴史に記録することはありません。書いたとしても、何らかの言い訳をして正当化しています。
■これは、大河ドラマのようなものです。ドラマの主人公が悪人では困りますから、主人公が人を殺すエピソードがあったとしても、主人公であるゆえに涙を流しながら仕方なく殺してしまうように演出するのです。最近では山内一豊による長宗我部家臣の虐殺や、新政府軍による会津鶴ケ城攻撃が印象的でした。
「市民の歴史こそ真実の歴史」
■歴史とは勝者と敗者だけの歴史ではありません。国家レベルで考えるとき、歴史の一部分でしかない時代の勝者と敗者というのはごく少数のものです。その数倍も存在しているのが、常に両者によって揺れ動かされる市民なのです。また歴史を語る時にまったく無視されてしまうのが市民なのです。
■僕は自分の自分史講座で、「国民全てが日記をつければ、今後、権力者やその周辺の人間によって隠蔽粉飾されるであろう歴史を、かなり修正することができます」と言っています。
■自分史を始めた理由を受講生さんに聞くと「東北大震災を目の当たりにしてから自分の半生を記録しておきたくなった」という意見が多くありました。繰り返しになりますが、自分史の意義とはこれなんです。日記でも自分史でも周辺の出来事を書こうとすると、世相や事象の影響を受けるんです。
■東日本大震災による原発事故が良い例です。原発周辺の地元住民の方が日記をつけているとします(実際につけていることを祈ります)。原発と関わってきた住民とはいえ科学的な情報としては正確さには欠けると思いますが、事故発生の時間や政府や電力会社の対応などが記されていくだろうと思うのです。これこそ真実の記録なのですが、政府やメディアが国民に開示する情報と大きく乖離していきます。これが日記や自分史が歴史を変える、または修正していくための重要な情報源となるのです。
■私は、日々日記を記し、最終的には自分史を書くことをお勧めします。歴史を作っているのは権力争いに終始する勝者と敗者だけではありません。私たち市民が存在するから歴史が形作れるのを忘れてはいけません。

2013年10月21日公開

作品集『歴史奇譚』第10話 (全14話)

© 2013 消雲堂

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