月があることに何とはなしに気付く。帰宅時、ふとベランダに出た時、塾帰り、コンビニまで買い物がてらに、何とはなしに気付く。或る人は月が見ていると安 堵し、或る人は恐怖する。或る人は月にアポロを想い、或る人はかぐやを想う。そういったことなしに何とはなくなのだ。視界に入り、せいぜい、月だとか、満 月だとか思う程度の月である。
当たり前のように地球を廻り、当たり前のように満ちては欠ける。古の人が愛でた月は、天上にはないのかもしれない。否、古の人さえ、当たり前のように感じていたのではないだろうか。
そして、ふとした時に何とはなしに気付いたのではないだろうか。
月
明るい夜のことである。塗装の剥げた外階段を昇ると三つ目の木製ドアを開錠する。この古いアパートは、聞くところによると築二十年近く経っている。北側に あたる玄関口は洗濯機が二、三台ドア横に並び、排水口には苔が生している。二階には六部屋あり、一階もまた同数の部屋がある。その一階の一番奥の一○六号 室が私の部屋だ。
二○三号室には昨日まで生活をしていた田原由美という女性。今は生活はしていない。私は、靴を脱ぎ揃え、電気は点けずに部屋へ と上がった。手馴れたわけではないが、いつからか当たり前になっていたように、部屋の片付けを始める。汚れた床を拭き、消臭をする。開けられたままの窓を 閉めようと顔を上げたとき、丁度彼女と月が重なったところだった。
群青の空に浮く、白い裸体を私は抱きたいと感じた。お月様が見ている。
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