風と言うのは、実に様々な形相を変える。心地よく吹けば、殴るように吹き付けもする。潮の薫りを運べば、死臭も運ぶ。春の木漏れ日を乗せれば、夏の灼熱も乗せる。冷房を使えば、室外機でも。噂に桶に。
やはり風のいかに多面であるか、少なからず納得して頂けただろうか。書き手から言わせて頂くと、風の表現するところ、すなわち情景は喜怒哀楽を選ばず、都合よく吹かせることが出来る代物でもある。
追い風、向かい風、強風、微風、などなど。
風
ある日の昼過ぎのこと。たまたま用事もなく電車に乗ったときのことである。私の乗り込んだ隣の駅で、一人の女性が乗ってきた。田舎電車なもので、この車両 には私と車両の一番奥で新聞を読んでいる老人しかおらず、私がいくらドア横に座っていたからといってその正面に女が座る道理を考えたのは、些か自意識過剰 なのだろうか。
否、明らかだ。女は意図して正面に座っている。なぜか問うだろう。それは目である。女の目が、俯きつつ私をちらと見ているではないか。三、四度目が合うではないか。明らかだ。間違いない。
では、何故そうするのだろうか。私は、自慢にもイケメンとは言えず、むしろ下の中かお世辞でも中の中である。しかも休日ともあり、今日は無精髭のままで、 シャツも襟元がよれている。老人は相変わらず新聞に熱心である。そして女はと、ちらりと見れば、先程まで見ていたのだろう、反射的に目を下に向けた風が窺 える。
その間も電車は青田の合間を抜けて行たが、いよいよ駅に着く頃となった。私の横のドアが開く。女は俯いたまま立ち上がり、私の横を通り過ぎて行く。春物の柔らかな服がよく似合う。そう思って私も電車を降りたのだった。
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