花蝶風月

渡海 小波津

小説

2,576文字

日本古来より美しいとされてきた花鳥風月を私なりに描いてみた。
随筆と小説を組み合わせの作品です。

口唇期に固執する大人の何と多いことか。ガム、アメ、煙草。煙草!ストレスを溜めることからの逃避として、スパスパと吸う大人の群の滑稽さと言ったらな い。ましてや夏の喫煙所などはさらなり。男ほど固執するようで、爪噛みならまだしも、乳房を欲するのは口唇期の名残り故でしかあるまい。

キスは、さらに原始的な行動からきていると聞く。

大学の帰り道のことである。通りを一人歩いていると、突然大粒の水が顔に当たる。と思うと続けざまに二粒、三粒となり、こりゃいかんと思った私は、爪先立 ちで小走りし、すぐ先の軒先に飛び込んだ。まったく気付かなかったが、いつの間にか夕立雲に覆われていたらしい。通りはすっかり湿って、雨音と静寂だけが 支配する。行き交う人も今は少なく、雨の匂いが立ち込める。まるで、私だけが残されたようだと思った矢先、息の漏れるような音を聞いた気がした。支配の隙 間からかすかに聞こえるそれに意識を集中する。やはり、それは私の背後から聞こえてくる。誰の家とも知れない軒先に学生が一人、雨宿りしているとも知れず に、女は自慰に耽っているのだ。

雨足が弱まったせいか、女の声はますますはっきりと私の耳に届く。規則正しく、時にリズムを逸して。次第に声は 乱れていく。戸一枚先には、女が乱れているのだ。目を瞑った。裸体が浮かぶ。胸に手をあて、股間を弄る後ろ姿。膝立ちになり、背筋を伸ばす。腰元まで長い 黒髪があちとこち、それとそちへ揺れる。乱れる。一際背筋が伸びると、女は息を止め、それからそっと息を吐いた。ゆっくりと座り、余韻に浸る。

瞼を開くと空はまた夏の青空だった。向かいの家の夕顔は、揚羽を一片留めている。

雨はまだ降り止まない。

 

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2012年7月14日公開

© 2012 渡海 小波津

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