遊園地とピンホールカメラ

七曲カドニウム

小説

5,666文字

錆びた遊具、色褪せた塗装――。
夕暮れ時の遊園地で出会った少年と少女の小さな物語。

 できるなら寂れた遊園地がいーよ。
 んーと、それにアトラクションに待ち時間がないやつ。
 埃っぽくて、薄汚れてて、ベルトも今にも壊れそうなくらい危なっかしくて、安全バーがちゃんと降りてるのか謎で、宙吊りになりそーなやーつ。でも、子供騙しな外観を舐めてると痛い目をみる。蛸の足のやつオクトパス、死ぬかと思った。これは教訓。
 それとさ、ひとこと言いたい。ゲートが空いたと同時に同じ方向に走ってかないで。
 ん、もう。
 さながら戦場じゃん、ばっきゅーん。(デザートイーグルを構えるわたし?)
 学校でも、どこでも、戦場なんだから遊園地くらいは夢のよーに平和に過ごそーよ。あっちでもこっちでも陣地取り戦争。(ほら、今もどこかで銃声が聞こえた)
 だいたいね、同じLvでしか戦いは起こんないのよ。それを聖戦だって口を揃えて言うわけ。
 わたし一番先に死んでもいーから、走ってかない。寧ろ、流れ弾カモン☆
 ネズミの着ぐるみとか原色のモンスターだとか、呼んでもいないのに、さも僕たちを待っていたよね、人気者の僕たちに会いたかったよね、写真撮るに決まってるよね、当たり前じゃんね、とか、そんなの激しくいらないなー。
 お父さんとお母さんが子どもの手を引いて、水溜りの上を「ぴょーん」とか「びょーん」とか、いかにも明るくて分かりやすいとっておきの幸せのシンボルなんですよ、そ・れ・は、とか、それもあんま見たくない。
 その人、彼ぴと彼ぴっぴ、どっちなの、ねぇー?
 後れ毛で無防備を演出して、さ、男の腕にお胸をぎゅーってわざと押し当ててる女の子、さぁ。あざといあざとい。ゲートを出たら手を繋いで車に乗り込んで、インターチェンジ周辺のラブホ行くんだよね、だって金曜日の夜だもん。
(満室満室満室満室!!!)
 あ、肩車してもらってる子ども、ちょっと高い所から見てるからって、いい気になるなよなー。
 観覧車のてっぺんから蟻みたいな大きさの人間を、この時ばかりは象みたいに上から見下ろして浸りたい。
 斎場の煙突からたなびく薄紗が空に滲んで全然顔さえ知りもしない死んだ人の数値で表せないくらいの微量な要素が私の肺にも入ればいいと思ってる。
 私の空っぽの身体が少しでも満たされるといい。
 うん、わかってる。
 これはわたしの非常に個人的かつ、とても立派に歪んだ嫉妬だ、ってことくらい。
 欲しい欲しい欲しい、喉から手が出るくらい欲しくて眩しくて目も眩むモノたち。
 何種類もの分別できない複雑な感情が入り交じったドス黒い欲望なのも重々理解してる。
 春の日の夕暮れ、茜色がアトラクションに散りばめられた電飾と重なって、そこはかとなく物悲しい。
 垂れ目がますます窪んで白い部分が薄汚れたパンダの乗り物がなんだか泣いてる風に見えたりして、わたしの胸がきゅっとなる。
どこからともなく紛れ込んだ桜の花弁がペットボトルの水滴で側面に張り付いてる。ポケットとか開いた鞄の隙間だとかに、知らず知らずのうちに入り込んでは、わたしを浸食する。
 遊園地のこのスモーキーなパステルは、わたしに世界の儚さを教えてくれる、いつだって。
 黄昏れるわたしに水を差す閉園前の園内アナウンス、苦手なはずのこの場所とこの時間が何故かたまらなく好きだった。
 観覧車に向かって歩き出すと、嫌いな憎っくきキャラクターが描かれた缶を持ってウロウロした少年がわたしの視界を幾度となく横切った。
 缶を脇に抱えたまま両手の親指と人差し指で四角を作っては、目の前にかざして風景を切り取って、そこらじゅうの風景を四角に収めようと色んな角度から物色している。少年は急に屈むと、地べたに這いつくばって構図を決め、手にしていた缶を置いた。
 なんだろ、あれは。(匍匐前進ほふくぜんしん??!)
 白く付着した砂を制服からはたいて落とし、置いた缶から素早く距離を取った。少年は微動だにしない。電車や街で見かけたことのないモスグリーンの制服。それからくるんくるん長めの天パ。何故か片っぽだけ靴を履いてなくて、キリッと冴えた紺色の靴下が見えた。

 

「あ――、それ踏まないで」
「……?」
 足元を見渡すと、道の段差の縁に斜めに缶が傾けて置いてあり片足分のローファーが缶を支えている。
「なに、これ?」
「ずっと立ってちゃ駄目だ。通り過ぎるならその場から早く離れて」
 天パ少年は静止したまま、口だけを動かして大きな声でわたしに偉そうに指示をした。
「ね、それなに?」
 缶から離れて、天パ少年に近寄る。
「む、カメラ」
「嘘だぁ……どう見てもお菓子の空き缶じゃん」
「だからカメラだって、もう君そのまま動かないで。写り込んじゃってるから」
「りょーかい」
針穴寫眞機ピンホールカメラって知らない?」
「うん、初めて耳にする」
「そ」
 無言のまま缶の方向を眺めていると、天パ少年の制服のポケットに入れたスマホからけたまましいアラームが鳴った。軽やかに片足跳びで置いてあった空き缶を回収して、開けられた極小の穴に黒いシールを丁寧に貼り、木の根元に置いてあったリュックに缶をしまってから、地面に転がっていたローファーを履く。さっきとは違うキャラクターが描かれた、小さなサイズの缶がまた手に握られている。
「それもカメラ?」
「そ」

 

 閉園15分前を知らせるアナウンスと音楽が園内に流れると、それまでの陽気だった雰囲気が一変して、空気が変わる。忙しなく動きまわる子どもの手を繋いでいた家族連れも、デートで新しく卸したパンプスのせいでできた靴擦れの彼女を気にする彼氏も、どこか諦めに似た表情でつま先を退場ゲートに向け、帰り支度を始める。
 疲れた顔の従業員は通行止めのチェーンを巧みに使って通路を封鎖しながら、最後の笑顔を振り絞って退場ゲートに誘導を促す。従業員にとって、この光景は仕事終わりの見慣れた毎日の風景、たわいない平凡な日々の連続、特記するに値しない只のありふれた一日でしかない。その溝と落差にわたしの身体のどこかがざわざわと騒ぎだす。

 

「蛍の光って寂しいよね」
「浸ってるとこ悪いけど、これ蛍の光じゃない」
「嘘だぁ」
「三拍子は別れのワルツ」
 天パ少年は人差し指を高く宙にかざすと、さながら指揮者になったみたいに身振りを加えた。右手に抱えた缶カンが制服のボタンと擦れてカチンと高く澄んだ音がした。左利きの指揮者。そして指揮棒と燕尾服が見えて、裾が動きに合わせて揺れた気がする。
「そっかぁ、音楽でもやってるの?」
「全然。見よう見まね」
(ズコーッ……)

 

 日曜日の午後に施設の食堂の大きなTVの画面を虚ろな目のまま惰性で観てたお笑い番組の登場人物が、一斉に派手に転けるのを思い出してた。
 蛍の光が正確には別れのワルツだと知ったことで、わたしの胸の内に化学反応は特に起きなかった。寂しくて悲しい、それはやっぱり変わりはしなかった。
 わたしはわんわん泣きながらたどたどしい覚えたての自分の名前を、迷子センターの優しそうなお姉さんに必死になって伝えた。汚れた手で涙を拭ったら顔まで黒くなって、濡れたタオルで拭ってもらった。桃のジュースとお菓子をもらったけど、不安で怖くて、肩で息をした。お父さんとお母さんは、わたしを永遠に迎えに来なかった。何度目かの回想を終える。

 

「ね? 観覧車乗らない?」
「え、嫌だよ。高い所苦手」
「写真に入ったんだからモデル料代わり! ね、どうせフリーパスでしょ」
「それはそっちが勝手に……」
「細かい事はいいからいいから急いで急いで」
 キシキシと錆びた接続部分の金属音が高く澄んで、わたしたちを乗せたゴンドラはぐんぐん高度を上げて空に近づいた。下を覗き込むと、ゲートに向かって歩き出す人たちが次第に小さくなっていく。蟻のような人間たち、男なのか女なのか、誰が誰で、はたしてどんな人間なのかそんな区別さえもつかない。広義で、人間たち。
 天パ少年は怖いのか、ずっと席の中央に座って缶を手にしたまま膝の上でリュックを抱えている。
 すぅーはぁー、すぅーはぁー。
 わたしは大きく二度深呼吸した。
「骨の、ね、匂いがする」
 煙突から細く煙がたなびいている。
「……少しは生まれ変わるかな? わたしの細胞も」
「君、バカなの?」
 向かいの座席に腰かけたままで、呆れた声が左耳に聞こえた。
「なんで裏にお墓があるところに遊園地建てたんだろうねぇ」
 赤い夕陽の弱々しい光線を照り返した雲が、煙と同化して流れてゆく。
「土地が安い」
「夢がないなぁ」
「下にいて乗り物に夢中ならわかんないよ、視点が低いところからは見えない。観覧車に乗らないと気づかない。観覧車に乗ったとしても、視ようとしなければ見えない。見えなければ在るってことにはなんないから」
 煙突を見るのをやめて、天パ少年を見た。
「なにその悲しい理論……」
柴田真守しばたまもる理論」
「なるほど、真守って言うんだ」
「君は何理論?」
「んー、加藤瑞希かとうみずき理論?」
「ははは」乾いた笑い声。
「わたしさ、児童養護施設で育ったの」
「その話、続き聞いたほうがいい?」
「……いらない」
 本当は少しは聞いて欲しい気もしたけど、なんかムカつく言い方だったから素っ気なく返事した。
「そ」
 吐き捨てるように言うと柴田は、ふー、と大袈裟に溜め息を吐いた。
 わたし達の周りはますます煙って、灰色の紗がかかった。
「不幸物語はもうお腹いっぱいだし、飽きた」
 そう会話を遮ると柴田は遠くを見つめてから俯いた。
 わたしたちはそれから一言も話さず、ゴンドラは下降して、当たり前のように地面に着いた。
 退場ゲートに向かって無言で歩きだすと、メリーゴーラウンドの派手な電飾とコミカルなBGMが、薄暗くなりだした遊園地に響いている。
 別れのワルツと相まって、泣いていいのか、笑っていいのか、どっちつかずのあやふやさで、わたしは困惑する。

 

「加藤、これから僕がいいって言うまで動かないで」
「……よくわかんないけど、わかった」
 左ポケットから取り出した白い半球に目盛りのたくさん付いた小さな黒い機械を、わたしの頬っぺたらへんに当てる。
「二十九秒ってとこか」
 缶の中央に貼りつけていた黒いテープを剥がすと、近くにあったベンチに斜めに立てかけてから、小走りにこっちに戻ってきた。
「じっとしてて」
「これ、どんな風に映るの?」
針穴寫眞機ピンホールカメラのこと?」
「そうそう、それそれ」
「二十九秒で語れる自信はないな。瞬間を切り取って映すカメラは数多くあるけど、これには、とても時間が必要なのさ。だから、凝縮された、想像もしなかった世界が映ってる、そんな感じかな」
「難しい」
「だろうね。百聞は一見に如かず、案ずるより産むがやすしきよし!」
「なにそれ、全然笑えない」

 

 ベンチの缶を回収すると背負っていたリックサックからインスタントカメラと黒い袋を引っ張り出し、袋のファスナーを開けて、さっきの缶を入れて閉める。
「何してんの?」
暗室ダークボックス。遮光されてるからこの中に手だけ突っ込んでフィルム装填したり出来る。今は中で壊れたカメラにさっきのフィルム装填してるとこ」
 袖状になったところへ手を突っ込むと、袋の中がガチャガチャと上下した。
 ジジジと袋の中で細やかな機械音がする。
「壊れてるけど、フィルム排出はするから現像はできるんだ」
 袋から手を出すと、一枚の小さなインスタントフィルムが指先に握られていた。
 差し出されたフィルムが時間の経過と共に、ぼんやりと陰影を浮かび上がらせる。
 わたしの手のひらの中で、じわじわとその像を結び始めた。
 足早に通り過ぎた人たちの残像は、うっすらと流線型に伸びては霧散した気体のように見えた。幽霊みたい。
 メリーゴーラウンドの回転木馬は消えていて、その前に仁王立ちの柴田とわたしが映っている。喋っていたせいか、顔ははっきりとはせずに霞んで溶け込んでいた。
「わたしたち以外、誰もいない世界だね」
「定まらない輪郭が露わになって、ちゃんとここに在るのがわかるんだ」
「危うくて、儚くて、綺麗だね」
「綺麗って、美しいってこと?」
「うん」
「儚いから、美しい? 限りある生を全うしようとするから美しいって事だよね?」
 ベンチのそばで溢れたゴミ箱のゴミ屑の山から、カラスが大きな真っ黒の羽を広げて、ポテトだとかの残飯を器用に漁っている。そのまわりには、おこぼれにありつく鳩が羽をばたつかせるたびに、落ちた桜の花びらが土埃とともに舞った。
「僕は見つけた齟齬や矛盾を、儚さのせいにしたくないってだけ」
 地面に淡い絨毯を作っていた花弁が、羽を広げた風圧で再び命を吹き返したように舞った。
 懸命に啄む鳥を見ながら、柴田が言う。
 奇妙な独白を完璧に理解などできるはずもなく、けれど出来上がった手のひらの小さな写真を見ると柴田の言いたいことはなんとなくわかる気がした。反対に認めたくない自分の気持ちにも。
 この天パの少年にも、わたしと同じように抱えるものが胸の内にきちんとあるんだろう。

 

「そっか、柴田は写真を撮ることであらがってるんだね」
「それ、あげる」
 ぶっきらぼうに柴田は言った。
「ありがとう。大切にする」
「どういたしまして」
「また会えるかな?」
「それは、どうかなあ」
 二人して笑った。

 

 空を見上げて観覧車の奥に視線を投げると、相変わらず煤けた煙突からは未だ煙が静かに細くたなびいていた。
 迫りくる夕闇の真っただ中で、スモーキーピンクの花弁が風に乗っては舞い散り、また舞い上がって鼻先を掠めて、飛んだ。
 もし、わたしの心にも現像剤や定着液みたいな仕組みがあるのなら、色鮮やかに焼き付けるよう願ったんだ。
 
 
 

                     (了)

 
 
 



写真家の徳永隆之さんのピンホール写真をお借りして、挿絵にさせていただきました。
作品に使用した写真は、写真家の徳永隆之さんに許可を得て、掲載しております。
この度は、ご協力大変感謝いたします。ありがとうございました。
【Tokunaga Institute of Photo & Art】
http://tokunaga-photo.com/about/takayukitokunaga/

2019年11月22日公開

© 2019 七曲カドニウム

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