今日もオーセンドラッグでトルテを集める。どうせばれやしない。ケークスが棄てたフラワーだ。ライオン集めなんてやってられない。他のアスパラ連中は必死だが。
「どのくらい?」
相棒のホーミタイが言った。やつもトルテを拾ってる。
「だいたい四つくらい」
「いいね」
俺たちはトルテを集めて呪文を唱える。
『かんばせ、しろき、かんばせ、雨に耐え導け』
トルテはがたがた動き出して、蒼白い光を放って黒い塊になった。
「これなんだろうね」
「わからん」
俺たちはよく分からない黒い物体を見て呟く。わからんけど、金持ちのケークスたちが好んで食べる。ケークスたちはこれの元がトルテだとは知らない。
「馬鹿だよなあいつら。トルテが自分達の出したフラワーだってしらないんだぜ」
「あとでケークスの無知に乾杯しよ」
ホーミタイはにこりと笑って黒いトルテを集める。このあとドランクできるはずだ。
「コンニチワで換金しようぜ」
「早くしないとアスパラたちでいっぱいになるからね」
俺たちは急いでオーセンドラッグを離れる。黒トルテをまとめて背に担ぐ。重い。コンニチワはいかにも役所って感じの嫌な所だ。薄汚い俺たちの足元を常に見てくる。奴らは学歴も良い。
「そう言えば、ラッキーがコンニチワで、殴られたらしいよ」
ホーミタイがぜえぜえトルテの重さに喘ぎながら言った。
「ゆるせないな」
「ほんとね」
ラッキーはどうしようもない馬鹿だ。オーセンドラッグじゃ一番のアホで、無能だ。人の言うこときかないし、素直じゃない。可愛げもない。顔も落とした馬糞みたいだし、口臭も酷い。でも悪いやつじゃない。あいつは率先して脚を怪我したやつの靴紐を結んでやってる。
「今度コンニチワ燃やすか」
「いいね」
いい考えだと思った。ホーミタイも笑顔で同意した。俺はいつかその笑顔に誓ってホーミタイとシークエンスするつもりだ。こいつの性別は分からないが、たぶん問題ない。雨でも晴れでもダンスは踊れる。
そんなこと言っている間にコンニチワについた。他のアスパラ連中も来ている。奴らは蔑んだ目で見てくるコンニチワ職員にへいこらして、笑みを浮かて、かき集めてきたライオンをいかに高く買って貰おうか画策している。
空いているコンニチワ職員を探して、机の上にどん、と黒いトルテを置く。
『モルヒネ、アバウト、サスカッチ』
コンニチワ職員がにやにや言う。やつらと話すことは耐えられない。気分が悪くなってくる。
『マーダー、ショコラ、ジェノサイド』
「うるせえくそぼけ。燃やすぞ」
コンニチワ職員はやれやれ、といった調子で金を渡してきた。ライオン集めるよりずっと利率が良い。アスパラ連中がそれを平静を装った目で、羨ましそうに見てくる。真似したいなら真似すればいい。でもやつらはそれをやらない。雨の日にダンスするのが怖いからだ。
「どのくらい?」
「このあと一杯やってもしばらくやっていけるくらい」
「いいね」
『ストロベリィ!』
あるコンニチワ職員が怒鳴り、ばしん、と鞭のような音がこだまする。そっちを見るとラッキーが殴られていた。やつは身体から生えたよくしなる枝を硬く尖らせて、何度もラッキーを殴る。
『ストロ、ベリィ!』
コンニチワ野郎は強かにラッキーをうち据える。ラッキーはうずくまって「ごご17時40分……」と苦しそうに呻いている。周りのアスパラ連中は何も言わない。それよりもポジティブな感情を浮かべてそれを見ている。耐えられない。
「ヘブン」
と、俺はコンニチワ職員に言う。ぴたりと鞭が止まる。
『レイニー、ガレージ?』
「ヘブン、シャル、バーン」
『ラブ!』
職員は忌々しそうに唾を吐いて、ラッキーを解放した。ぼろぼろになったラッキーは俺に向かって「ごぜん9時……」とぼそぼそ言って去った。
「ふん」
「もういこうトラキオ?」
ホーミタイが俺を引っ張った。その通りだ。はやく一杯やって忘れちまおう。
俺たちは一杯やったあと、オーセンドラッグの一画で眠る。空っぽのトルテにまみれながら。
「なあ、いつかシークエンスしないか?」
ホーミタイの顔は暗くて見えない。
「いつかっていつ?」
「明後日とか」
「あしたじゃないんだ」
「明日のことは分からないからな」
「明後日なら分かるの?」
「お前とシークエンスしてる」
「そっかあ」
ホーミタイはもぞもぞ体を動かした。
「じゃあちゃんとコンバンワで屠殺しないとね」
「いいのか?」
「いいよ、ずっと待ってたし」
俺はホーミタイの手を握って目をつむった。何かについて考えてた。シークエンスのことかもしれない。でも忘れちまった。
次の日に俺はコンバンワで屠殺を斡旋してもらった。希望観測の運用保守だ。応募条件は靴紐を結べることだけ。願ってもない話だったので応募して、すぐに連絡がきた。
「注意点として徐々に人間になっていきます」
「問題ありません」
人間については何となく知っていたのですぐに承諾した。
「よかったね」
とホーミタイも喜んでくれた。次の日、俺たちはシークエンスした、と思う。
そして俺はオーセンドラッグの一画から毎朝、屠殺しにでかけた。希望観測の運用保守はよくわからなかったけど、先輩たちに教えてもらいなんとかやっていった。
ある日、屠殺に出掛けるとき靴紐が結べないことに気付いた。というより、靴紐を結ぶことに耐えられなくなっていた。
「ホーミタイ、靴紐が結べないんだ」
そう言っても誰も返事はしない。
「ホーミタイ?」
俺は囁く。そして思い出した。ホーミタイは、「耐えられない」と言っていた。俺も何かに、耐えられなかった。そう言って、やつはどうしたんだっけ。
俺は仕方なく靴紐を結ばないまま屠殺に出掛けた。途中で身なりのよくなったラッキーが話しかけてきた。「正午……!」嬉しそうに屈んで俺のほどけた靴紐を結ぼうとした。その顔を蹴り上げる。
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