「今回の事件は今までのイタズラとは性質が違う」
意識を回復するとすぐに警官がやってきて勝手に取り調べが始まった。ミナに会わせて欲しいという僕の要求はそんな言葉で拒絶された。僕は角刈りで鋭い眼光の男、県警の村井だと名乗った高圧的な彼をベッドから見上げながら「どういうことですか?」と尋ねた。彼は無表情で手帳を取り出しフレームなしのメガネをかけた。
「二十四日午後十時二十八分、倒れている女性がいると片町警察署に通報が入った。通報者はアルバイト帰りの大学生。見たところ女性には目立った外傷はなく、近くを運行中の自動運転車が緊急配送され県立病院へ運ばれた。病院のAIシステムライフケアが顔認証から読み取った緊急連絡先の片岡氏に連絡した」
「片岡、さんが緊急連絡先?」
「……検査の結果外傷はなく、記憶障害が判明。ここまでは今までのアリシア通り魔事件と同じだ。しかし、オブザーバーが被害者、尾本ミナコの脳を調べてみたところ、彼女のアリシアは完全に機能を停止していた。保存データが消去されているどころか、アリシア自体が破壊されていることがわかった。この時点で異常なことだ。さらにオブザーバーが尾本ミナコのバックアップデータを参照したところ、データが存在しなかった。これは現在の記憶社会を揺るがす緊急事態だ」
バックアップデータが存在しない。そんなことはありえないはずだ。アリシアを脳内に持っている僕らは常時インターネットにアクセスしている。アリシアデータは常にバックアップを作成しているから、クラウドサーバーのデータを直接削除しない限りそんなことはありえない。
「市内の監視ロボットを参照したところ、午後八時三分まで尾本ミナコは君といたことが判明している。その後彼女は君と同居しているアパートに帰宅後、一人で片町の公園へ向かっている。所持品はビデオカメラのみ。君が今回の事件の重要参考人だということは理解できるね?」
ビデオカメラ、公園。僕がミナを見つけた日?そう思った瞬間、涙が溢れた。
「ビデオカメラには何が写っていたんですか?」
「それは言えない。君の行動は現在こちらでも調べているところだが、君からも直接聞かせてもらいたい。君は午後八時三分以降、どこで何をしていた?」
どこで何を?ミナを探していたに決まっている。
「ミナは無事なんですね?」
「無事、というのがどのような意味なのかにもよるが、今のところ命に別状はない。君にはこちらの質問に答える義務がある。意味は分かるね?」
「僕が容疑者だと言うんですか?」
「先ほども言ったように君は重要参考人だ。しかし君の大学での専攻は知能システム工学であり、このアリシア通り魔事件にも関心を持っていたということまで調べはついている。今までどこで何をしていた?」
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