クリスマスが迫るにつれ不安が高まりつつあった。前回のアリシア通り魔事件からもうすぐ一ヶ月が経つ。あれから怪しい老人の訪問はなかった。ミナには何度も夜のお出かけの注意をしているので、最近は少しウザがられている。それでも僕らは仲良しで、お互いにクリスマスプレゼントを隠す場所に困っている。正直に言うと先日、ミナからのプレゼントらしきものを映画同好会の部室で見つけてしまったのだが、僕は見ていないふりをしていた。小さな細い箱と手紙のようなものだったので、時計か何かとUSJのチケットかもしれない。前にUSJに行きたいなんて話をしていたから。だから僕もそれに見合うプレゼントを考えなければと思い、嫌な顔をするリョースケに百貨店でバッグやネックレスを選ぶのに付き合ってもらった。結局決めたのは自分一人で行った時だったが。
学校が冬休みに入ってから、ミナは少し様子がおかしい。黙っていることが多くなったし、こっちの話を聞いていないことが増えた。呼びかけると時々それが自分だと気づかないような時があり、どうしたのか尋ねてもなんでもないよと笑う。それなのに僕はクリスマスの計画のことで頭がいっぱいであまり気にしなかった。ねえミナ、僕は君が大好きだよ。なのにこの時、君の不安に気づいてあげられなくてごめん。君は独りでずっと、何年も、戦い続けていたのに。そして僕を信じ、手を伸ばそうとしてくれていたのに。
クリスマスイブ、僕は予約していたレストランにプレゼントを預け、君とデートに出かけた。この日の君はとても甘えん坊で、いつもはそんなことないのに、街中で何度もキスをねだってきた。僕らはずっと手を繋いで街を歩き、どうでもいいことで笑い転げていた。そしてレストランについてからも、君は僕の手を離さなかった。
「コータといられて、私は幸せだよ」
「どうしたの、今日はずいぶん素直だね」
僕は照れ笑いを浮かべて君の手を強く握り返した。君はまっすぐに僕の目を見て「コータは、私といて幸せ?」と尋ねた。
「幸せだよ。ミナのことが大好きだから」
「ずっと好きでいてくれる?」
「もちろん。もうミナなしじゃ生きられないよ」
そんな恥ずかしい会話を、ずっと手を握り合ったまま続けていた。その時、僕は君の手がとても冷たいことに気づいた。君は黒いワンピースを着ていて、さっきまで着ていたコートはお店に預けていた。
「少し寒い?」
「ううん。ねえ、私って、コータにどう見えてるのかな」
「どうって、難しいこと訊くなあ。とってもかわいいよ?」
「そうじゃなくて、私って、コータから見てどんな人なんだろうって」
前菜が運ばれてきて、僕らは手を離し、会話は一度途切れた。皿の真ん中に美しく盛られたよくわからないものを黙って口に運ぶ君を見て、僕は何かがおかしいとようやく気づき始めた。
「おいしい?」
「うん、すごくおいしい」
それから、言葉が続かない。どうしたのだろう。そこにいる君が、とても遠くに感じる。じっと見つめる僕に気づいたのか、君は顔を上げて微笑んだ。僕もぎこちない笑みを返す。
「なんだか、緊張するね、こういうところ」
「いつもみたいなカフェの方がよかった?」
「そっちの方が私たちには向いてるのかも」
僕は笑って君の口の端についたソースを親指で拭った。それから学校のことや、今までの二人の思い出を語り合って、笑ったり、言い合いをしたり、いつもみたいな雰囲気を取り戻すことができた。
いつの間にか料理は終わっていて、僕はウエイターに頼んでプレゼントを持ってきてもらった。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん」
君は包み紙を開いて箱からネックレスを取り出した。僕は君の表情をずっと見ていた。その瞬間、君の目に映ったのは、悲しみだと思った。今にも泣き出しそうな顔で、君は優しく微笑んだ。
「嬉しい。ありがとう」
「……ほんと?」
「うん。すごくかわいい。あれ、こっちは?」
「開いてみて」
僕は何か胸に引っかかりを感じながらも、もう一つのプレゼントはきっと君がすごく喜んでくれるという自信があったから、黙って見守った。それは白い表紙の冊子で、中には僕の手書きの文字が書かれていた。「え、小説?」と言って君は喜びに満ちた目を僕に向けた。それが何よりも愛しくて、何よりも嬉しくて。君は立ち上がると頷く僕の頭を掴んで、周りの目も気にせずにキスをしてきたんだ。僕はビックリして目を見開いた。だって、君は泣いていたんだ。君の温かい涙が、僕の頬を伝っていく。それから君はとびっきりの笑顔で、嬉しいと言った。それは心からの言葉だったと思う。だから僕も、なんだか泣きそうになった。間違ってないって。君と一緒に生きていくんだって。溢れる涙を拭うこともせず、君はその冊子を抱きしめて僕を見つめた。
「ありがとう。頑張ったね。今までで一番嬉しい。こんなに素敵なプレゼント……」
「これから何度だってプレゼントするよ」
それから君はその余韻に浸るようにしばらく目を瞑って冊子を抱きしめ続けた。そして目を開けると「私からもあるんだよ」と笑った。
「やったぜ」
「えへへ。というか、私たちやっぱり以心伝心かも」
包み紙を開けると、出てきたのは万年筆だった。そう、それは今この文章を書いている僕の手に握られているものだ。僕らはずっと同じ夢を見ていた。君はとっても素敵な人だよ。
「ありがとう、これからもっとたくさん書くから、読んでくれる?」
君は肯定するように笑った。それから、もうひとつは、チケットではなく、君からの手紙だった。「読んでいい?」と尋ねると君は「化粧直してくるね。恥ずかしいし」と席を立ってお手洗いへ向かった。僕は少し寂しかったけど頷いて、君の後ろ姿を見送ってから手紙を開いた。
大好きなコータ
ねえ、あなたはどんなプレゼントをくれたんだろう?私をちゃんと喜ばせてくれた?きっとそうだよね、あなたはいつだって私を幸せにしてくれるもん。わたしのことが大好きだもんね。信じてるよ。私は今日が来るのが怖かった。こんなに幸せでいいのかななんて、そんなことを思っていたなんて、あなたは知らないでしょ?ごめんね、他にも黙っていたことがたくさんあるの。今日は、それをあなたに知ってほしい。あなたのことが、大好きだから。
最初の段落を読んで、僕は立ち上がった。
「ミナ?」
心の中で不安が急速に大きくなっていく。手紙を手にしたまま、僕はお手洗いの方へ向かった。女性用の入り口の前でしばらくうろうろしてから、ウエイトレスを見つけて中を見てもらう。
「中には誰もいません」
僕は君に連絡を取ろうとした。しかし繋がらない。君はもうそこにはいなくて、コートも取らずにどこかへ消えてしまったのだということを僕は悟った。だって、さっき君は化粧を直しに行くと言ったのに、バッグも持たず、僕がプレゼントしたばかりの小説だけをその手に持っていたのだから。僕はそのことに気づいていた。気づいていたのに、君の心には、気づくことができなかった。ミナは僕の前から消えた。
"隣にいる君を探して 第6話"へのコメント 0件