膜が破れる①

佐川恭一

小説

2,143文字

町屋良平先生の芥川賞受賞記念作品(第一章)です。ほんとうにおめでとうございます! なお、どこかの方面からガチの怒られが発生した場合、この文字列は消去されます。

「さやか、あれらしいんよ」

とユキナがいった。

学校を三日連続で休んでいたさやかの、男子に対するブリッコぶりと女子に対する冷徹さについて悪口をいいながら帰っている途中だった。

凜は、

「あれらしいってあんた、情報量ぜろじゃん。その一文意味ある? 人生ってかぎりがあるんだよ、そんなむだな発話してる時間ある? クソかよてめー!」

といった。

「いや、その、じつに、いいにくいんやけど」

「うん」

ユキナは、片手に持っていたジャニーズアイドル(少年隊のヒガシ)の顔がプリントされたうちわで顔を隠した。みんなKing&Princeのうちわをもっているご時世だというのに。

「破れたんやって、処女膜……じぶんでしてるときに……」

「つら……」

凜はつぶやき、空をみあげた。くもとくもの裂け目が、さやかのまんこみたいにおもえた。すると、

ボチャ

という、やばい音がした。横をみると、ユキナが、池に向けて排便していた。

「クソひってもうた」

凜は驚いてかたまった。どうして、こんなところでうんこができるのだろう。ひとの目もあるし、絶対、わたしなら出ないな、緊張して。凜がそう感心しているあいだにも、水っぽい残党がボタボタと池に垂れている。

「なあ、ティッシュもっとる?」

「もってるけど、足りないかも」

「いちおう、貸して」

やはり足りなかった。ユキナは「よごれるから」とパンティをはかず、「ノーパンしゃぶしゃぶ~」といって無邪気にスカートをひらひらさせ、すれちがうオジサンどものなかには、「エッッッッッッ」と思うものや、「ワシャ、夢みとるんか?」とおもうものがいた。しかしまさか、尻穴にふききれていないうんこが残っているとはおもわない。

「あんたと歩くの、はずかしいわ」

「そらそやな。でも、かわいてきたで?」

「いや、ふけてないままかわいたら、それは未解決だから」

「そんなん、いまどうもできんし。どっか公衆トイレない?」

「もう家帰ったほうがはやいでしょ」

ユキナは焦るでもなく、排便前とおなじペースであるく。それがじれったい凜は少しずつペースを上げていくが、ユキナは釣られてペースを上げたりしない。それで凜が一度あきらめ、つぎはもっとちいさな幅でペースを上げるが、やはりユキナは釣られない。

「あんたさあ、武豊かなんかなの?」

「どゆこと?」

「一定のペース保つのうますぎない?」

「そう? 気にしたことない」

結局ユキナのペース(千メートル十六分四十秒)のままでふたりはあるき、交通事故の多いT字路で手をふってわかれた。凜はそのときやっと、それまでうっすらうんこくさかったことに気づいて、それまでにすれちがった誰かに、じぶんがうんこガールだとおもわれていたかも、とおもいカーとなった。

しかし、家に帰ってからお気に入りのダンス動画のまねをすると、うんこガールとか、さやかの破瓜のもんだいとか、そういったモヤモヤがふきとんで、すがすがしさが胸にみちる。

凜がまねしている踊りでつかわれている曲名は「テトロドトキサイザ2号」。“えふとん”が曲に振りつけて“とらさん”と一緒に踊っている。作曲は“ギガ”作詞は“碧茶”。ボーカロイドに歌わせている。二〇一二年八月二十七日十七時二十三分に投稿されたオリジナルの“【えふとん】テトロドトキサイザ2号踊ってみた【とらさん】” 動画アップ直後から、さまざまな踊り手がぞくぞく振りつけをコピーし、踊ってみた動画界でのエポックメイキングな動画のひとつになった。

凜はそのへんの事情も知らず、とりあえずかっこよかったから踊ってみているのだが、これがリフレッシュにちょうどよく、さいきんでは毎日踊っている。

その日もまた、二階の自室で調子よく踊り続けていると、一階のリビングにいた弟のハルキがやってきて、「悪いけどさ、公園かどこかでやってくれないかな?」といった。ハルキはもう一か月以上がまんした状態である。

「それやられると、テレビがよく聞こえないんだ。大抵の場合、大事なところで跳躍が入っちゃうんだよ」

「チョーヤク?」と凜は驚いた。

「なにそれ、ヤバイクスリかなんか?」

「跳躍といえば跳躍だよ。ぴょんぴょん跳ぶやつだよ」

「そんなのないよ」

ハルキは頭が痛み始めるのをかんじたが、ここははっきりさせておこうと、じつは少しばかり踊れるそのダンスを披露した。

「ほら、これとか……これとか。ちゃんとあるだろう?」

「ほんとだ」

「頼むから、そこだけ飛ばしてくれないか?」

「でも、それやめたら、なんか不完全燃焼ぽくない? わたし、気分よくなりたくてやってんの、なのにそこだけ外したら、動きが流れなくなってうっぷんたまるっしょ?」

「それなら、公園で……」

「あーうっせうっせ! 公園なんかでわたしみたいな美女が踊ってたら、即おそわれるっての。いきなり『ぼきも踊れまつ!』とかいうやつがきて、この腕からませるとことかやられたらどうすんの?」

「それは、誰かほかの友だちとか……」

「ムリムリ! うっせえってだから! お前さ、これやるからだまって」

凜がじゃがりこチーズ味を渡すと、ハルキは「やれやれ」と気障に前髪をかきあげて部屋を出たが、階段を降りながら「じゃがりこ! ヒューだぜ」などといっているのが聞こえ、弟のかわいさにニコリと微笑む凜なのであった。

 

第一章・完

2019年1月27日公開

© 2019 佐川恭一

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