隕石1

ナツキ(第6話)

ムジナ

小説

3,875文字

ナツキ第6話 過去編

 前の席の男子が振り返って、無言のまま、冊子の束を持ちにくそうに私に差し出した。私はそれを受け取って、その一番上の一冊を取ろうとした。でも紙同士は見えない力で貼り付いていて、中々一番上の一冊が取れない。背中に圧迫感を感じる。顔をしかめながらようやく一冊取って脇に置くと、体を捻って残りの束を後ろの席の女子におそるおそる差し出した。なんともなく受け取られたので私は少しほっとして、体を前向きに戻した。
 冊子を開いて覗き込むと、それぞれのページに派手な文字や写真、ラケットの絵とかが印刷されていた。
部活紹介か。
私はパラパラとページを繰った。文芸部は、もう嫌だ。中学の時みたいな目には遭いたくない。でも他に私が入れるような部活があるんだろうか。少し憂鬱な気分になりながら目を通していく。
 何かがパッと目に付いた。派手な装飾の部活紹介のページの中で、1ページだけ、やけに空っぽでさっぱりしたページがあった。通り過ぎてしまったページを繰り戻してそのページに戻ると、部活名の欄に「映画部」と書いてあった。
その欄の下にはだだっ広いスペースがある。他の部活のページはスペースではなく絵やら写真やら手書きの派手な文字などでうまっているのに、映画部のページだけ、そこはほとんど、ただの空白だった。
そのスペースの真ん中に、小さめなゴシック体の文字でこう書いてあった。
『入部条件…少年か少女であること。このページを読んでいないこと。A207部室で待ってます。』
そう一行あるだけだった。
 私は戸惑った。映画部は興味がある。映画を見るのは好きだし。でも、この部活紹介じゃ映画部がどんな部活なのか、ちっとも分からない。謎だ。この『入部条件』も満たせているかどうか分からない。私は『少女』に含まれるんだろうか。というか、このページを読んでしまった時点で、私には入部資格はないんじゃないだろうか。でもこの部活紹介以外で部活のことを知る術は、私たち一年生には多分ほぼない。どういう意味なんだろう。
 教室の右前の方からゴロゴロという音が聞こえたので顔を上げると、先生が教室を出ていくところだった。ちょうどその瞬間、チャイムが鳴った。教室の空気がざわざわと振動し始める。クラスの人たちはカバンを持ったり立ち上がったりし始めていた。
 私はもう一度、部活紹介に目を下ろした。
とりあえず、行くだけ行ってみようかな、映画部。行ってみないと、分からないもんな。
部室を覗いてみて、無理そうだったら、どこか他の部活を探してみよう。A207という文字を頭の中でメモする。私は部活紹介を丸めて、まだかたい通学カバンに入れた。
 

 部室棟はいろんな部活の勧誘で、ものすごい人だった。運動系の部活の勧誘が特にすごい。主に女子の先輩たちがバタバタと勧誘に回っていて、耳がキンキンするような声で、しかもものすごい勢いで喋って、飴やうまい棒を渡そうとしてくる。それらを受け取ってしまうと入部に同意した、ということになってしまうらしい。私は両手をぎゅっと固く握って人だかりをかき分けて行った。アーチェリー部の勧誘をなんとか断って歩き出そうとすると料理部の人とぶつかって勧誘され、そこを逃れて進もうとするとバレー部の人に肩が当たって勧誘されて、ということを廊下のあらゆる場所であらゆる人が繰り返していたので、とにかくすごい熱気と音だった。入ってから階段にたどり着くのに5分ぐらいもかかった。階段の途中に立って勧誘をしている部活の人もいたが、そういう部活は文化系がほとんどで、しつこい勧誘は少なかった。私はやっと息がつけた。
 2階には人が少なかった。「部室棟2階は文化部の墓地」と、さっき誰かが言っていた。下の階の狂ったような声の塊が湯気みたいに入ってきてはいたけれど、静かだ。
 階段を上がりきって左を向くと、一番手前のドアの上には、A210という札が出ていた。廊下の向こうにある、もう一つの階段側の教室から、順番にA201から続いているみたいだった。右側には、壁と窓があった。
 廊下を歩き出す。A210、A209、…部屋の中に人がいる気配はない。
A208の前まで来ると、向こうの方からざわざわっと声が聞こえた。でもこの部屋じゃない。やっぱり、映画部の部室の方から聞こえる。
心臓のあたりがそわそわし始めた。やっぱり、知らない人と会うのは緊張する。私は何回かわざと呼吸をして歩き出した。
 ドアの前に立つ。人の声が向こう側から聞こえる。女の人もいるみたいだった。開けようかとも思ったが、念のため、控えめにノックをしてみた。
おっ、という声がして、くぐもった軽い足音が聞こえた。目の前のドアが数秒間ガタガタと鳴ったあと、がらがらっと開いた。
目の前に、女の先輩がサッシに手をついて立っていた。私に向けられたその人の目は猫のそれみたいだった。その人は猫目をくるっと動かして私の顔を眺めてから、おもむろに言った。
「君は、少年?少女?」
「えっ」
私は言葉に詰まった。どういう意味なんだろう。
「えっと、少女、ですか…?」
するとその先輩は少し面白そうに表情を丸めて、こう言った。
「君が決めることだよ。」
私がぽかんとしていると、先輩はさらに続けた。
「ここに来たってことは、部活紹介、読んだでしょ。」
「あ、はい。」
するとその先輩はいたずらっぽくニヤッと笑って、言った。
「悪い子だ。」
そして部屋の中に戻って行く。
え、これ、私は入っていいのかな。
キョロキョロしている私に、その先輩が振り向いて声をかけてきた。
「いいよ、おいで。」
私は恐る恐る、右足を部室の床に踏み入れた。
待っていてくれていたその先輩の後に続くと、部室の真ん中に机と椅子がまとめてあって、男子の先輩たちが何人かで集まってポップコーンを食べていた。
「新入生、もう一人きたよ。」
女の先輩が言うと、男子の先輩たちは顔を上げた。一番手前に座っていた人が私の方を振り返って、目を丸くしながら言った。
「あの広告でよく2人も来たもんだね。」
「最初からある程度絞り込むための作戦よ。去年の二の舞は嫌だからね。」
そう言って先輩は部室の奥をちらっと見た。つられてそっちを見ると、女子の先輩が3人で黙ってスマホをいじっていた。2年生だろうか。
目を丸くしたまま、手前の先輩が言った。
「こいつ、なかなかセンスあるぜ。そこそこ映画詳しいし、音楽もできるんだってさ。」
「へぇ、有望だね。」
女の先輩はそう答えると、私を振り返って、男の先輩に囲まれて座っている一人の男子を手で示した。
「あの子も1年生なの。杉山くんっていうんだって。知ってる?」
私はかぶりを振った。そっちを見ると、白くて細身な男子が上目遣いで会釈をして来たので、私も会釈を返した。
手前に座っている先輩が、私に向かって言った。
「でも、最初に会ったのが西野でびっくりしたでしょ。変なこと言われなかった?」
私が答えに困っている間に、先輩––西野さんが言い返した。
「別に、いつも通りに喋ったよ。」
「なるほど、じゃあ変なことを言った訳だな。」
「否定はしないけど。」
先輩はくすくすと笑った。
「とにかく、ようこそ映画部へ。一応俺部長だから覚えといて。3年の結城。」
「あ、よろしくお願いします。」
結城さんはニコッと人懐っこく笑うと、捻っていた姿勢を戻して男子の会話に戻って行った。
「それじゃあ、君の相手は私がするね。あ、それとも私の相手を、君がする?」
西野さんはそう言って、またニッと笑った。いろんな笑い方をする人だ。
「あ、えっと、どっちでも。」
私が答えると西野さんは可笑しそうに軽い笑い声をあげた。そして私をもう一つの机に座らせると、西野さんはその向かい側に座った。
部活の説明をされるのかな、と思っていたら、西野さんから出て来た言葉は
「あ、芋けんぴ食べる?」
だった。
私がはい、というと西野さんは机の中から芋けんぴの袋を取り出して、バリバリと開けて机の上に置いた。
「君、名前は?」
「水野、夏美です。」
「ミズノナツミかぁ…長いね。」
6文字の名前を長いと言う人を見るのは初めてだ。私はまた戸惑ってしまった。部室のドアが開いた瞬間から、この人に圧倒されっぱなしだった。西野さんは猫みたいな目の瞳を大きくして私を見ていた。なんとなく吸い込まれそうで、私は目をそらした。気のせいか、声も少し猫っぽいような気がした。
すると、西野さんが唐突に口を開いた。
「よし、じゃあ、ナツキね。」
「へっ?」
「これから君のこと、ナツキって呼ぶから。」
西野さんはCampusのノートと2Bの鉛筆を取り出して、サラサラと縦書きで『ミズノナツミ』と書いた。その文字があまりに綺麗だったことにも驚いた。西野さんは消しゴムを取り出して『ミズノ』をこすって消し、最後の『ミ』の一番下の線も決して、上二本の線を突っ切るように縦線を書いた。
『ナツキ』。
贅沢な名だね、と西野さんはわざと低い声で言って、悪戯っぽくニヤリと笑った。
何だろう、私は目の前に座っているこの人が、本当にちゃんと実在しているのかどうか、すごく不安になった。まるでとらえどころがない。いや、むしろとらえどころが多過ぎて、頭がついていかないみたいだ。
私は、西野さんに声をかけた。
「あの、先輩は…」
「私?私は、西野茉理。よろしくね、ナツキちゃん。」
私は、その人に圧倒されてしまっていた。

2017年9月18日公開

作品集『ナツキ』第6話 (全20話)

© 2017 ムジナ

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