「ねぇ、みよちゃん結婚するらしいよ」
「ふーん。私の知ってる子と?」
「相手が誰かは聞いてないや」
みよちゃん、みよちゃん。私のみよちゃんが結婚する。誰かのものになるらしい。誰かのものになって、誰かの子供のために働いて、誰かのために涙を流したりするらしい。馬鹿みたいと思いながらも、涙が出た。今の私のためじゃなくって、高校生の私のために涙を流した。馬鹿なみよちゃん。触れないのが悔しい。
みよちゃんと私は同じ高校の同じクラスだった。私の友達の彼氏の友達がみよちゃんで、土曜日や日曜日には五.六人でカラオケに行ったりボーリングに行ったりしていた。女の子はカシスオレンジやカルーアミルクを飲んで、男の子はビールばかりを飲んでいた。女の子は短いスカートを履き、男の子のボクサーパンツはいつだってちょっとだけ見えていた。みよちゃんはいつでも髪の毛を自分で切っていたから、長さはばらばらで、でもそのずぼらな感じがかっこいいと私は思っていた。
女の子たちは絶対みよちゃんに近づいたら駄目だよと噂していた。みよちゃんは自分の家の裏にあるお墓で女の子としちゃって、それもちょっと乱暴な感じだと。きっと私の周りの女の子たちはみよちゃんとしたことがあったのだろう。そういう噂を流すのは、みよちゃんとこれからしちゃう女の子に対する嫉妬からなのか、みよちゃん被害を拡大させたいからだったのかは、分からない。でもみよちゃんは女の子とやりまくっていたのは事実だ。みよちゃんはそういうことを聞かれると割と簡単に話していた。そんなみよちゃんを私はクールだなぁと、感動さえしていた。私は高校生だったけれど、みよちゃんとお墓でしたいといつも思っていた。そしてもしかしたらお墓から、みよちゃんの部屋に導かれ、彼女になれるかもしれないとさえ考えていた。みよちゃんの特別になることを期待していた。
お湯が沸くのを待ちながら、煙草に火をつける。くわえ煙草で、コーヒーフィルターの角を折った。
「安藤」
みよちゃんは飾り気なく、私の名前を呼ぶ。みよちゃんは高校を卒業したらお父さんの跡をついで魚屋になると言って、勉強は全くしなかった。悪い友達から買った二万円の原付で遊びに行ってばかりいた。下北沢の古着屋に行って古着を買って、ニルヴァーナをよく聞いていた。土曜日には魚屋の店番を手伝っていて、その日に魚を買いに行くと、店の中からニルヴァーナの音楽が聞こえてきた。そんな中で、まぐろが幾ら、あじが幾らなんて言っているみよちゃんの姿はおかしかった。私は土曜日だけは母親の買い物を代わってあげた。
「安藤、お前夕方暇?」
「うん、暇だよ」
「遊ぼ」
「いいよ」
「俺、店六時までだからさ、またその頃に来てよ」
「分かった」
いよいよみよちゃんとお墓でするのかな、と私は想像した。家に帰って、親に魚を渡して、自分の部屋に行く。いつもは上と下ばらばらの下着をつけていたけれど、揃いの下着に着替える。ドラマみたいに、手と手をぎゅっと握り合う感じじゃないのは分かっていた。
どんなのでも構わなかった。土で膝が汚れたって、墓石で手を擦り剥いたって、構いはしない。激しい方が、愛って感じがする。私は色々考えてジーンズではなくって、スカートを履いて、軽くお化粧をして、再び魚屋に向かった。
いやらしいガキだった。蛇口の水に煙草をつけて火を消す。コーヒーフィルターにお湯を注ぐ。今日は土曜日だけれど、何もしなかった。出かけもせずに、電話がかかってきただけ。最近の週末はいつもこんな感じ。
店に行くとみよちゃんはパイプ椅子に座って、足を組んでいた。私に気がつくと手招きをして、私をひきつけた。
「ちょっと待ってて」
そう言うとエプロンをはずして、椅子に置き、ニルヴァーナのCDを停めて、「行ってくるから」と奥に向かって叫んだ。奥からは「もうそんな時間か」という小さな声が聞こえた。みよちゃんはチェックのネルシャツに汚れたジーンズ、スウェードの黒いブーツ姿。私はさっきと違う服を着てきたのがばれていないか、はらはらした。おしゃれしているなんて思われたら、恥ずかしい。みよちゃんの原付に乗って、下北沢まで行く。警察に捕まらないように、裏道ばかりを通った。みよちゃんのお腹には肉がついていなくって、髪の毛からは魚の匂いがした。ラーメンを食べて、みよちゃんお気に入りの古着屋やレコードショップに行ってから、駐車場に座ってコーヒーを飲んだ。甘いコーヒーを飲んだ。みよちゃんから煙草を一本もらって一緒に吸う。みよちゃんは煙草を吸い終わると、吸殻を指で飛ばした。何を話したのか思い出せない。原付で魚屋まで戻ると、みよちゃんは歩き出した。
「どこに行くの?」
「知ってんでしょ?」
「お墓?」
「安藤、俺たち、しちゃおうぜ」
「いいよ。でも何でお墓でなの? 部屋が目の前にあるのに」
「退廃的でいいじゃん。墓でするって」
みよちゃんの後を進んだ。夜のお墓には誰もいない。車のブレーキの音が聞こえた。みよちゃんは何も言わないで、いきなりキスをして、私のパンツを下ろす。後ろからベルトをはずすかちゃかちゃという音が聞こえる。鈴木さんの墓石に手をつく。足元のパンツのせいで、足をあまり開けない。みよちゃんのが入って、私の手のひらには墓石についていた土や埃がまとわりつく。みよちゃんが動くたびに手のひらが擦れてちょっと痛かった。
「魚の匂いがする」
「だって俺、魚屋の息子だもん」
みよちゃんは精液を私のお尻に出した。私は持っていたティッシュペーパーでふき取ったけれど、持っていなかったらどうするつもりだったのかな。私は急いでパンツを履いて、後ろを振り返る。みよちゃんはパンツとジーンズを一緒に上げていた。
「ねぇ、またする?」
私の頭をみよちゃんはぽんぽんと軽く叩いた。
「今度ね。今日は帰ろう」
みよちゃんは見送ってくれなかった。家に帰ると台所の三角コーナーに、両親の食べた魚の骨が捨ててあった。お揃いの下着なんて着てくことなかった。みよちゃんは私の胸に触れなかったから。私はみよちゃんのやっちゃった女の子の一人になった。
「八年前の今度はいつ?」
そう聞けたらいいのに、と思いながらベッドに入る。
「私のことを思い出せ、馬鹿」
目を閉じたって眠れるはずもないのに、目を閉じる。そうするしか仕方ない時だってあるのだ。
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