Go West

名探偵破滅派『黒牢城』応募作品

藤城孝輔

エセー

2,000文字

名探偵破滅派2022年4月(テーマ『黒牢城』)応募作。

『ノルウェイの森』の執筆中、村上春樹は六人の中心人物のうち、三人を生かして、三人を死なせると決めていたという。結末までの明確な構想が構想があったわけではないし、誰が死んで、誰が生き残るのかは小説家自身にもわからなかった。それでも、物語が終わるまでに三人が死に、三人が生きなければならないことは宿命のように決定づけられていた。

戦国時代の歴史に取材した本作においては、より多くのことが最初から決定づけられている。黒田官兵衛はもっと長生きして大河ドラマの主役になるはずだから間違いなく生きて城を出ることになるだろうし、荒木村重も有岡城から逃げ延びる。だしの方は三条河原の露と散り、織田信長はその後、遠くない将来に明智光秀によって本能寺で討たれることになる。歴史小説や映画やドラマ、あるいはNetflixのアニメで繰り返し語られ、既に広く知られている史実を曲げることは難しい。クエンティン・タランティーノはヒトラーを蜂の巣にし、シャロン・テートをカルト教団の襲撃から生き延びさせたが、日本の娯楽小説のメインストリームに位置する本作(直木賞受賞は本作の大衆小説としての地位を裏書きするものだろう)がそんなエキセントリックな真似をするとは考えにくい。史実どおりに黒田と荒木は生き延び、じっさい作中で描かれるかどうかは別としてだしと信長が非業の最期を遂げると考えるのが妥当だろう。エンタメ時代小説は、歴史という宿命を完全に振りきることはできまい。

名探偵にとっては残念なことに、本作は連作短編の構成を取っていて各章ごとに「事件」がいちおう解決してしまう。人質の安部自念を殺したのは森可兵衛であると暴かれ、敵の大将である大津伝十郎長昌を討ったのは村重自身ないしは戦死した伊丹一郎左衛門とされる。無辺と秋岡四郎介を殺して名器の〈寅申〉を盗んだ犯人は瓦林能登入道である。だが、戦国時代のドラマティックな史実に比べると、創作であるこれらの「事件」はどうしてもチープな印象をぬぐえない。森可兵衛が本当に本人が言うように村重に対する忠心から人質を殺したのであれば、約十メートルの槍をこさえて灯篭の穴越しに刺すなどという回りくどい真似をしなくても得意の弓矢で射殺して自分も腹を掻っ切って死ねばよかったのだ。トリックを弄して隠す必要がどこにあったのか? また、村重自身は謎の解決によって高槻衆と雑賀衆の対立を抑え込んだつもりでいるようだが、大将の討ち取りを自分の手柄としたことで褒美の出し惜しみをしていると双方から反発されることは免れないだろう。そもそも、大津の首をすり替えたのは結局誰だったんだ? それに能登の落雷死はいかにもフィクションらしいイージーさ。時計から落ちてきた長針が刺さって死んだあの小学生を彷彿とさせた。締め切り間際の斜め読みでいろいろ大事な細部を読み落としているのかもしれないが、今回も大したミステリとは思えなかった。本作が舞台とする歴史そのもののほうが、はるかに人間くさくて面白い。

結局のところ、本作も最後には歴史に回帰することになるだろう。本作で本当に暴かれるべき謎は、なぜ村重がだしを見殺しにして逃げるかという点である。作中では、人質も曲者も殺さないという織田信長とは真逆のポリシーを村重が貫いていることがしつこく強調されている。これは、非情に妻を見捨てる史実とは対照的な人物像である。本作は、このWhy?に取り組まなければならない。この点において「生きてであれ首になってであれ、おのれが戻らなければ人質が殺されると知っていた」黒田官兵衛は、村重と鏡像関係をなす。自分を殺してくれと訴え続ける官兵衛を生かし続けた村重は、おそらくは黒田の報復によって黒田とまったく同じ運命をたどることになるだろう。村重は決してみずからの意志で城からひとりで逃げたわけではない。囚われの身になった黒田と同じように、自分の意に反して生き永らえさせられたのだ。村重を利用して牢番を始末できる策略家の軍師官兵衛であれば、それくらいの謀略などたやすく巡らせられるに違いない。「落日孤影」という章題は、有岡城の落城と、ひとりで遁走するはめになる村重を象徴していると考えられる。

最終章で中心となるであろう「落日」という西のモティーフが、ここまで読んできた中で繰り返し登場してきたことが生きてくる。「西へゆきます」という主語のない自念の末期のセリフを村重は極楽往生を望む言葉と解釈したが、村重自身の運命を予兆する伏線であったことに気づくだろう。茶器の名前の〈寅申〉も方角に当てはめれば東北東から西南西という西方向の移動を表している。おそらくは伴天連の手引きによって、村重は西に向かって連れ去られることになるのかもしれない。一緒に我らの道を行こう、一緒にいつか去るだろう、一緒に手に手を取って……と、まさにペット・ショップ・ボーイズが歌うように。

2022年4月18日公開

© 2022 藤城孝輔

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