傷まで含んでお前だよ。
だけど、それがわかったからといって傷が痛くなくなるわけじゃない。
傷が痛いまま進むしかない。
痛みこそが生きることだけど、だからこそ生きることが楽しいというわけでもない。
生きるのは苦しくて糞なことばかりだが、それでもなお生きるしかない。
ティリッヒのにもかかわらずではないが、苦しみを肯定したところで苦しみがなくなるわけじゃない。
それで、苦しみがない世界に生きている人もいるように見えるけど、それも事実。
だからこそ苦しい。
そこで、「幸せそうに見える人にだって苦しみがある」とし始めると、自分の苦しみにも意味がわからなくなる。
だから、幸せな人はいるし、苦しみのない人はいる。
でも、あなたは苦しいんだよ。
だから苦しいまま行くしかない。
「苦しい方」に撰別された人は、苦しいまま行くしかほかないし、仕方がない。
傷があるまま行くんだよ。傷は治らないからね。
人それぞれでいいことなんてない。苦痛がなくなることはない。それでも生きてゆかなければならない。
失ったものは埋め合わせが効かない。
失ったから得られるものはない。
もしも失ったことによって何か得られるものが有るのであれば、
それは「失った」とは言わない。
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