池袋駅西口から徒歩で南池袋一丁目の交差点まで行き、そこから東通りに入ってそれを抜け、都電荒川線、東京さくらトラムの雑司ヶ谷駅、線路を超えると、そこには雑司ヶ谷霊園が広がっている。雑司ヶ谷霊園は広い。大きい。沢山の墓石がある。大好き。その雑司ヶ谷霊園の外周を半周し、首都高速五号池袋線の側に抜け、つかさ石材店の前の信号を渡る。それから下にだらりと伸びた坂を下って、近藤石材店を右に曲がる。あともう少し行けば、左手に護国寺が顕現される。仁王門をくぐり、階段を上って、不老門をくぐる。護国寺の前に右にそれて、旧薬師堂で祈り、それから護国寺で祈る。祈り終えたら、不老門を抜け、階段を降りる。仁王門も抜けて、元来た道を戻る。今度は近藤石材店の前の信号を渡る。日によっては、そこに跨っている歩道橋を渡るのもいい。第三護国寺歩道橋。交差点を越えたら何時やっているのかわからない焼き鳥屋の前の坂を上る。そして雑司ヶ谷霊園まで戻り、残りの半周を回る。南池袋斎場の側。来る時にあるいていない側を歩く。雑司ヶ谷霊園の外周を一周する。それからさくらトラムの線路を超え、東通りに入る。東通りを抜けて池袋駅まで戻る。
これはある人間が雑司ヶ谷霊園、護国寺を堪能する際の流れである。東通りもそう。池袋駅で東京メトロ有楽町線に乗り換えて、東池袋駅なり、護国寺駅なりに行けば、この様な面倒な徒歩移動をする必要はない。しかし、その人間にとってこれは決められている事なのである。
「護国寺に行くなら」
「雑司ヶ谷霊園に行くなら」
池袋駅で降りなくてはいけない。
何故なら、東池袋の駅で降りてしまうと、東通りがスキップされてしまうから。護国寺駅で降りると、雑司ヶ谷霊園と東通りがスキップされてしまうから。
その人間にとって東通り、雑司ヶ谷霊園、護国寺はセットなのである。誰かに言われたからやっている事ではない。人間が自分で決めた事なのである。逆に誰に勧めるわけでもない。誰にも勧めない。休みの日、何をしているか聞かれても、この事はあまり言わないようにしている。何度か話した事はあるが、その際の相手の反応を感じて言わない事にした。どうやら、世の中の人間は、こういうのがあまり好きではないようだと思ったからだ。
「御墓の数が凄いんですよ」
「護国寺も御墓が凄くて」
すると、何か怪訝な顔をされる。なんというか、まるで、自分は死なないとでも思っているみたいな。そんな感じの顔。どうせ死ぬのに。死ぬくせに。いつか死ぬくせに。必ず死ぬくせに。
だから、言わない事にした。
あるいはもしかしたら。その人間の、当人の話し方も悪いのかもしれない。早口になったりしているのかもしれない。
「御墓が」
「御墓がね」
話すのが得意ではない。人間が得意ではない。おそらく、生きるのが得意ではない。
何にしてもお互いの為に言わない方がいいのだろう。人間はそう決めた。それからはただ、池袋に行っては東通りに行き、雑司ヶ谷霊園に行き、護国寺に行っている。雑司ヶ谷霊園に行くなら、護国寺に行くなら、池袋駅から東通りを抜けて。その手順、行程でやらなくてはいけない。そう思っている。そう思ってやっている。
その工程に人間は一時間という時間を設けている。
歩くのが早くない人間である。一時間というのは、かかり過ぎだと思う人もいるかもしれない。早い人だったら三十分でまわれてしまえるのかもしれない。しかし、早ければいい事でもない。気がしている。東通りはともかくとして、雑司ヶ谷霊園、護国寺をさっさと済ませるような感覚で巡るのはおかしい。おかしいと思っている。だから、一時間。池袋駅から護国寺まで行くのに三十分。護国寺から池袋駅まで戻るのに三十分。雑司ヶ谷霊園の空気を感じながら、開いたままになっている幾つかの勝手口の戸締りを確認しながら、雑司ヶ谷霊園は大きな霊園である。だから入り口がいくつも存在する。それが場所によって勝手口という形になっている。その勝手口が開いたままになっている所は閉める。護国寺でも門をくぐる時は必ず一礼する。行きも帰りも。手も合わせる。祈りだけではなく、最近あった事を報告したりもする。
東通りには二十四時間営業のココイチがある。毎回入ろうかどうしようか悩む。でも入らない。ベローチェの前でも悩む。焼肉ライクも考える。
「焼肉ライク、キアヌさんが良いって言ってたんだってなあ。焼肉ライク。本当かなあ。いつか、一回行ってみたいなあ」
そんな事を考えながら歩く。都電荒川線、さくらトラムが来た時は、それを眺める。
「いつか、乗ってみたいなあ。三ノ輪橋ってどこなんだろうなあ」
法明寺参道口にだって入りたくなる。法明寺に行って、鬼子母神堂に行って、大鳥神社に行きたくなる。そういう事も考える。でも、入らない。雑司ヶ谷霊園、護国寺時は入らない。東通りは抜けなくてはいけないから。雑司ヶ谷霊園、護国寺を終えて、東通りを抜けた後、それらの所に行くのはOKとしているが、そういう事は滅多にない。法明寺桜祭りの時はそれをした。東通りを一回出て、それから再度入って法明寺参道口に行った。しかし滅多にない事である。
この工程に人間は一時間の時間をかけている。
そんな人間が、破滅派というサイトの合評会という会合で、次のお題はイランだというのを見た時、まず考えたのは、思い付いたのはイランイランの事であった。イランイランというのは植物、花である。イランイランノキというのが正式な名前だそうで、学名はCananga odorataというそうだ。写真を見る限りは黄色い花であり、黄色い時期が過ぎるとオレンジ色にもなるという。熱帯圏やオーストラリア、暖かいところで育つらしい。現在は世界中で栽培されており、油、香油が取れる。これを用いて香水にしたり、他にもアロマテラピー用のエッセンシャルオイルなどがあるのだという。
「イランイラン」
人間は思った。イランイラン。見れないかな。実際に。聞くと見るとでは大違いなのだそうだ。実際やってみるというのもまた異なるそうだ。以前、新末広橋から見る海は海じゃないみたいな事を彼の地、破滅派で書いた事があった。その後、その事を人間は反省した。申し訳なく思った。何故なら実際に行ってみると、新末広橋から見る海は海であったからだ。
「これは海だ」
海であった。完全に海と言ってよかった。そこから見る風景は海であった。橋の一部分が膨らんでおり、いかにもビュースポットの様になっていて、眼下には大量の水があった。満々とあった。遠くの空、海の上に飛行機が飛んでいた。一方、新曙橋から見る海は、ちょっと海じゃないかもしれないと思った。けど新末広橋から望める世界は海で間違いなかった。それが故、人間はイランイランを見れたらいいなとそう思ったのである。
イランイラン 温室
それらの言葉を用いてネットで調べてみると、新宿御苑の名前が出てきた。
「新宿御苑」
人間は以前、一時期、新宿御苑に通っていた。新宿御苑というのは新宿区と渋谷区に跨る御苑、国民公園である。人間はそこの年間パスポートも持っていた。それがある時を境にして、ぱったりと行かなくなった。理由は、ある時行ってみると、新宿門の前に、新宿御苑には三つの入り口、入退園門がある。新宿門、大木戸門、千駄ヶ谷門である。その新宿門の前が大量の人間によって渋滞していたからである。確か、新宿御苑がニュースになったすぐ後の頃だったと思う。外国人が怖いとして無料で入れていたというのがニュースになった頃。そしてそれから少しして彼の御苑の入園料が値上がりした。そのくらいの時。タイミング。その時から、行かなくなった。そもそもが新宿駅というのが苦手であるし、人があんまりいないのがいい新宿御苑だったし。だから新宿駅さえ耐えれば、人があまりいない新宿御苑に行けるし、それに良さを感じていたのに、人が沢山いる新宿御苑になってしまっては、もう辛いのである。言えば池袋駅だって、人が多くて苦手なのだけど、しかし、池袋は池袋駅さえ抜けてしまえば、雑司ヶ谷霊園にも護国寺にもそんなに人はいない。第二土曜日は護国寺で蚤の市が開かれる為、人が多くなってその時は行かないけども。法明寺の桜祭りだって、人が居ない早朝に行ったし。まだ屋台もやっていない早朝に。それだから人間は新宿御苑かあ、と思った。
しかし物は試しだと、もしかしたら良いきっかけかもしれないと、池袋から新宿まで歩いたらどれくらいかを調べてみると、ヤフーの知恵袋で、一時間くらいと出てきた。
「一時間」
一時間。その人間が、池袋駅から、東通りを抜け、雑司ヶ谷霊園を半周して、護国寺に行き、雑司ヶ谷霊園の残りを半周して、東通りを抜け、池袋駅まで戻るのと同じ。
「一時間」
埼京線で言えば、隣である。池袋、新宿。高崎線とかでも、隣。山手線だと、間に目白と、高田馬場、新大久保が入る。
しかしその時、この人間の頭の中にそういった事は無かった。目白も、高田馬場も、新大久保も。どれも。なにも。
「一時間」
自身の行っている巡礼と同じ。一時間。同じ一時間。池袋から新宿まで、新宿御苑迄約一時間。
週末、池袋に行った人間は、まず東通りを抜け、雑司ヶ谷霊園を半周し、護国寺に祈った。
「これから新宿まで、新宿御苑に行ってみようと思います。池袋から新宿まで一時間くらいなんですって。破滅派さんの次の合評会のテーマがイランなんです。新宿御苑の温室にイランイランがあるそうなんです。だからイランイランを見に行こうと思います。あと途中に花園神社があるそうなので、そこでもお祈りしてきます。一応その事を前もってこちらで御報告しておきます。どうかよろしくお願いいたします」
人間はその後、雑司ヶ谷霊園の残りを半周し、東通りを抜けて、南池袋一丁目の交差点に戻って、それから新宿に向けて歩いた。
池袋から高田馬場の近くの交差点までダラダラとした下り坂である。大鳥神社参道口くらいまでじんわりと下り、それから目白の通り、橋の辺りまで、平たくなる。寧ろまた少しだけ上る。それからまた下り、高田馬場の神田川の流れている交差点を境にして、今度は一転して上り坂。学習院大学戸山キャンパス、戸山公園の辺りまで、上り坂。そこから平たくなり西早稲田駅を抜け、新宿コズミックセンターという悪の組織、秘密結社みたいな名前の建物を過ぎる。東新宿駅を超えて、新大久保通りを抜ける。そのあたりがもっとも高いようだった。それからまたじわりじわりと道が下る。赤十字社の前を過ぎ、純福音教会の前を過ぎる時はそこで目礼して、日清食品の東京本社の前を過ぎる。すると道が二股になっている所にたどり着いた。そこにベローチェがある。
「ベローチェ」
カフェ・ベローチェ。ベローチェがあるという事は、花園神社の近くという事。近くまで来たという事。花園神社まで来たという事。
そして花園神社に来たということはもう新宿に着いたという事。
人間はベローチェに入ってモーニングを注文した。会計を済ませて注文したものを受け取って、トイレに行って手を洗って、喫煙室でタバコを一本吸って。椅子に座ると疲れを感じた。しかし新宿についたという想いも体内を巡った。
「新宿まで来たんだなあ」
新宿御苑まではあともう少しだなあ。
花園神社に行ってお参りをする。花園神社の境内では蚤の市が開かれていた。いや、果たして蚤の市と言うのか。ここでは。知らない。護国寺ではそうやって言って、第二土曜日参道脇に沢山の人が露店を構えるけど。花園神社でも開かれていた。人が沢山いた。あとそれを見ている外人が沢山いた。露店が沢山あった。売り物はブリキの看板であったり、昔の装飾品であったり、何かの絵であったり。あと浴衣だろうか。着物が沢山ぶら下がっていて。その着物の何枚かが、風もないのにぶらぶらと揺れていて、人間が近づくとぶらぶらと、ぶらんぶらんと。揺れ始めて。まるで、なにか、挨拶でもされているみたいに。ぶらんぶらんと。ハンバート ハンバートの曲、ぶらんぶらんみたいに。
手を振るみたいに。
ぶらんぶらん。
ぶらんぶらんと。
ぶらんぶらん。
こんにちは。
おかえりなさい。
久しぶりですね。
と。
ぶらんぶらん。
ぶらんぶらん。
新宿御苑まで。
温室まで。
イランイランを見に来た人間に対して。
ぶらんぶらん。
ぶらんぶらんと。
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