わりと近隣に住んでいるとはいえ、イヤ、住んでいるからこそと言った方がいいのかな。意外にも、この駅に初めて降りた気がする。けれども、アタシには買い替えたばかりの最新のスマホという武器があるので、特に迷うこともなく改札口まで辿り着けた。外のロータリーに出ると、ここ数日のぐずついた天気が嘘のように朝陽が眩しい。金曜日、最高の決戦日和だ。普段、乗り降りしているわけではないから、いつもとは比較できないけれど、駅を降りる雑踏の足もとはローファーにヒールパンプス、くるぶしソックスと厚底のスニーカー、アタシとほぼほぼ同世代の人たちの比率が明らかに高い。近くに女子校があるわけでも、有名なアパレルショップがあるわけでもないにもかかわらずだ。心なしか、辺りをパトロールするお巡りさんの数も多い気がする。
「これさ、絶対、お忍びで見に来るんだよ! じゃないと、説明付かないっしょ、普通こんなにお巡りさんいないもん。今度のグッズはただのグッズじゃないから、気になって様子を視察したり、そんでもって動画配信とかしたりするんじゃないの。うわー、リノ君とか間近に来たら、どうしよう、ねえねえ、マジヤバくない。早起きしたから、神様がご褒美くれたんじゃね?」
「……朝からうるせー、そんなわけねーだろ。妄想垂れ流すためだけにいちいち通話までしてくんなし」
応答に寝起き感が満載なニッシーは、叩き起こされたのが気に障ったのか、いつもよりアタシに対しての扱いがぞんざいだ。まったく恩知らずめ、寝坊助のニッシーの分まで整理券を代わりに取ってきてあげるのは、何を隠そうアタシだというのに。おまけにわざわざ通話までしたのは、ニッシーが散々既読スルーをかますからであり、そもそも、そろそろ起きて支度を始めなければ、学校にだって遅刻をする。むしろ、感謝してほしいまである。大義は我にあり。アタシは伝わりもしないのに、身振り手振りも交えてニッシーに不満をぶつけた。
「あー……悪かったって、でも、警官がいっぱいなのはあれだよ、サミット。広島でサミットがあるんだよ」
「広島じゃ関係ないじゃん。それに警部、ここは千葉であります」
「誰が警部だ。でも広島、国際空港ないだろ。成田か羽田にまずはみんな降りて来るんだろ。それでこの辺も警戒強めたりしているとかじゃね、知らんけど」
流石、ニッシー警部。おそらく、その推理は正しかった。じゃあ、アタシのお忍び説の実現率は限りなく低いということにもなる。自分で勝手にテンションがおかしくなっただけだというのに、何だか裏切られたみたいで少しだけ凹む。
駅を降りた後はわざわざスマホを開かなくても、この女子たちの群れにくっついていけば、自然と目的地に着く。アタシの前を歩いている子のスクール鞄に付いているキーホルダーなんかもう、隠す気すらない、完全にクロだ。ロータリーから目的地であるゲームセンターまではコスメのサンプルを配る人、居酒屋のポケットティッシュを配る人、県議会議員の何とかという人を応援するチラシを配る人らがシュバシュバと人の波を縫うようにして、各々の品を零コンマ何秒かでPRしていくのだが、申し訳ないけれども、今、アタシたちはそれどころではないのである。みんな整理券がまだ残っているかどうかで気もそぞろなのだ、感じが悪く映っても、どうか許してほしい。
目的地であるゲームセンターの前は、開店前だというのに、既に長蛇の列で、順番を待つ人たちにいそいそと店員さんが整理券を渡し歩いていた。中には会社の始業時間が差し迫っているのか、腕を組みながら指でビートを刻み、露骨にお冠な態度の人もいて、それにも店員さんのお姉さんは平身低頭しながら整理券を配る。絶対、前残業とかをしているはずだろうに、頭が下がる。そんなことを思いながら待っていると、アタシにも予め店のハンコと店員さんの手によって「18:45~19:00」という時刻だけが記された色紙が渡される。
「連れがいるんですけど、えっと、これ一枚で大丈夫ですか?」
「一つのクレーンキャッチャーにはちょうど二機、アームがあるので、二名まででしたら、ご一緒にお遊びいただけますよ」
「あ、そうなんですかァ。ありがとうございます」
ミッション・ワンは無事、これで遂行だ。それにしても、一組当たりの持ち時間は十五分。ゲットできる景品はおひとり様一種のみという注釈文も特にないことから察するにアームの力もやる気なく設定されているのだろう。時間で区切る整理券を渡して、最初の人が好き放題乱獲して、昼前には「ハイ、おしまいです」では、場が荒れることは不可避である為、賢明な店はそんな愚かな行動には打って出ないはず。んー、これはなかなか塩な予感がする。アタシはうんうん唸りながら、踵を返して、早歩きで駅まで戻る。学生であるアタシの本業は不服だが、まだ勉強なのだから仕方がない。それに今なら歩いて向かっても、一限目が始まるまでに間に合う電車には乗れるらしい。最新の人工知能が搭載された乗り換えナビのアプリがそういうのだから、間違いな──。
「……ッ!?」
うっかりよそ見をしていたせいで、アタシは思いっきりチラシを配っていたおじさんとぶつかってしまったらしかった。おまけにしゃがみ込んだおじさんにアタシの膝がダイレクトで入りそうになりかけたから焦った。顔を下げると、おじさんが手にしていたチラシがハラハラと辺りに舞っていた。当然のことだけれど、アタシは慌てて、それを掻き集める。緑の色紙……あっ、アタシらの整理券も落ちてるじゃん……うわっ、危なっ。
「すいません、アタシが歩きスマホしてたせいですよね……」
「いえいえ、こちらこそ、足をお止めしてしまったようで申し訳ございませんでした」
少しビックリしたような表情を見せるチラシスタッフのおじさんは、アタシのパパよりも年上そうに見えるのに、えらく腰が低い人だったが、整理券を受け取る指の爪には縦条の線が何重にも刻まれていた。アタシは人より、人の爪のことが気になってしまう性分である……なんて、ぼんやりしている場合じゃない。アタシが引き起こしたタイムロスのせいで時間に余裕はもうあんまりない状態であることを、駅の方から流れる場内アナウンスによって気づかされる。
「君、歩きスマホは危ないよ……」
お巡りさんがアタシを注意しに近づきに来るけれど、これ以上、時間を取られたら確実に遅刻する。見ず知らずのお巡りさんと見知った生活指導の先生、どっちを取るかと言えば、決まっている。
「し、失礼しましたッ!!」
アタシがスカートのプリーツが翻りまくるのもお構いなしに、階段、三段飛ばしでホームまで駆け上がっていったのも、これもまた仕方のない話なのであった。
「でもさ、芦澤。お前、でかしたよ。夜七時前だったら、うちらが部活した後に寄ってもゼンゼン間に合う時間っぽい」
「それな、もっと褒めろ、褒めろ。先着順じゃなくて、時間帯で整理券配って、入場制限してるのは千葉だとここだけだって、わざわざネットで調べたんだから」
"サミットにシャイニング・ウィザード!!~ソレゾレノノリ~"へのコメント 0件