「年齢は十九です。ガールズバーでアルバイトしてます。あ、ガールズバーに勤務してるからってぞんざいに扱われたくないですね。政治家も教育者も小説家もガールズバーで働いてる子もみな同等の扱いを受けるべきではないでしょうか。つまりガールズバーで働いてる女の子も『先生』と呼べってことです。そんなことはさておき、じつは私プロのラッパーを目指してるんですけど最近ファンが増えて困ってるんですよね。私と握手したかったらその手をはずしてこちらに投げてほしい。そうしてくれれば握手が楽なんで。ファンが大勢いるといっても私のリリックなんて誰も読まない利用規約レベルですよ。しかし、私のファンたちは私のその利用規約的リリックにおおむね同意してくれます、秒で。いきなりですけど質問があります。感情と理性のほかにまるきり別次元のもうひとつの概念が存在しそれが人間を支配しているのではと思ったことありません? 思ったことがあるのならそれはいったい何だと思います? 『無意識』などといったつまらない回答は求めていません。感情と理性を天秤にのせてその天秤を持ち上げちゃお! なーんていうアプローチから導き出した答えもなしです。天秤に天秤をのせないでください。ちなみに『自由』をのせたら私の天秤はぶっ壊れました。天秤とはそれっきりです。それにしても、猛烈に痒くなるのはたいがい手が届かないところですよね、私の問いの背中とか、道徳の背中とか。さあ、愛にこだわらない回答をおねがいします」
「えっと、今まさに僕はその何かに支配されてる気がするけど、これがいったいどういうことなのか言語化できないなあ。なんかへんな気分。浮き輪をしたまま海中に潜りたい気分っていうか、満面の笑みで恫喝されながらやさしく頭を逆なでされた気分っていうか、うーん、黒く塗りつぶされた音符の内部の香りを当てろと言われても僕は鼻が利く人間じゃないし、自分の心に存在しない哲学者に心の中でしつこく問い続けなきゃいけない問いってことは承知しているとはいえ、そうかといって自分の心に存在しないその透明な哲学者に向かい『考えろ!』と指図するのは指揮棒に向かって指図するようなもので、いささかそれはビスケットの中にポケットを作ろうとするある種の晴天乱気流に手をつっこむ的な脳天乱気流に似ているのかもしれない。何にせよ、君の求めてる答えを知るには翼が必要なのはたしかだね、背中の痒みとひきかえにさ。君に質問。もし翼があっても空が美しくなかったのなら、君はその美しくない空を飛ぼうと思う?」
僕がワタキミちゃんの質問に質問で返したのはこの場合これが正解だと思ったからなんだ。つまりね、目を閉じなきゃいけない刹那のその直前まで目を閉じ続けていたら往々にして人間はその目を開けてしまうものなのさ。
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