「で。そんで病院に行ったらマシオさんの元嫁と子どもがいて、両親もいて、この莫大な治療費がうんぬん、ってなって。そんな、本人を目の前に何をォって感情的になったあんたは、朦朧としてるマシオさんにその場でサインさせて結婚した、と。で、全部わたしがやるって言った、と。」
「はい。」
「なんじゃそりゃ。あんた、手取りいくら?」
「19万です。」
「足りへんやん入院費。」
「薄給ではありますが幸いなことに上場しておりますので、今の会社の信用度を最大限に活用させていただき、アコムプロミスレイク制覇しました。」
「おどれボケ!!」
「はい。」
「もう一回。おどれ大人になれや。ハァ? 何度でも言うわ。なにしとんねん。」
「……はい。」
「酔ったノリで婚姻届だけくれる男の嫁になるって、マジでイカれてるわ。で、あんたの親は。」
「絶縁するって。」
「まあ、そうだわな。」
「ごめん、ちょっと電話鳴ってる。」
わたしみたいに就職を適当に決めたんじゃなくて、きっちりヤマハに就職した大学時代の友人のユリに恐ろしい剣幕で睨まれながら応答ボタンを押すと、それは赤羽で入会したサイエントロジー東京集会のお知らせだった。わたしはその日程を急いでスマホのスケジュールに入れてから、おずおずとユリに視線を向けた。
「なんの電話やねんそれ。マシオさん関連?」
コソ泥のようにスマホをポケットにしまったからか案の定ユリはさらにキレた。
「いや、別件です。」
「別件ってなんや。言え。」
「あの、まあ、宗教関連です。」
ユリは『新婚さんいらっしゃい』の文枝師匠みたく、お洒落な代官山のカフェでマジで後ろに倒れた。
「うわ!! 大丈夫!?」わたしは笑いながら、あまりにも文枝師匠だったんで、写真を撮っとけばよかったと思った。
代官山の洒落た空間が一気に殺伐としはじめ、ユリは磨き上げられたタイルの上で絶叫した。
「もうその件はちょっと今消化しきれないから置いておいて、ハルコ、今ならまだ間に合うって!! 全然。まだ結婚生活してないんだから、別れたって大丈夫だし、誰も責めないから。」
「あの、はい。まあ、前向きに検討します。はい。」
あんた別れる気ないだろ、とユリは座りなおしてから再び凄んで、「何? 妊娠でもしてんの?」と聞いた。
「いや、全く。セックスもしておりません。」
「はぁ? え? じゃあ、何で? 超愛されてるの?」
「……いやあ、それもあんまりちょっとわからないけど……」
「で、それすらわからせてくれない男のお金払って。治療させて。ええ? おまえなんやねん? 聖女か? なァ!?」
まあまあ、次の飲み奢るからさぁ、となだめたら、
「貧乏人から金取れるかい!」とユリは高そうなシャンデリアが煌めく天井に向かって目をひん剥いて叫んだ。そんで夜、金持ちのユリに焼き鳥を奢ってもらって、楽しくなって熱燗なんか飲んじゃって、帰りタクシーで送ってもらっている時、
「明日病院行って着替え持ってかなきゃなあ、」と言ったら、ユリは外を見ながら、
「お大事にって伝えて。」と小さく呟いた。
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