岡本尊文とその時代(十六)

岡本尊文とその時代(第16話)

吉田柚葉

小説

3,416文字

それつきりである。まずい作品であつたのだ。

 

そうして私は忽ちにして礼状を書き上げたのであったが、出来上がってみると先ほどまでの躁状態は雲散霧消し、後には可惜あたら阿呆らしい感じだけが残った。最近は何かものを書く度にこんな精神状態になる。従って私は、例によって其れを破り捨ててしまいたい衝動に駆られたわけだが、今日の処は書く前の自分のかんがえを尊重する事にした。そうして鬱屈したおもいで便箋に封をし、宛名を書いた。で、コートを羽織り、外に出た。既にして宵闇は降りきり、風は強く、底冷えしていた。

自宅から十分程歩いた処にポストはあった。

私は、

 

原稿在中の重ひ封筒を、うむと決意して、投函する。ポストの底に、ことり、と幽かな音がする。それつきりである。まずい作品であつたのだ。

 

と云う、太宰治の短編小説「乞食学生」の冒頭部を思い出しながら、足早にそこに向かった。途中、コンビニがあり、その入口の処に、暗闇の中、店の光に照され、赤い箱が浮かんでいるのが目に入った。ポストである。このコンビニはよく使う。最後に来てから一週間と経っていない。その時、ポストは無かったとおもう。

私は、近づき、ポストを撫でた。ペンキの、均等に塗り損なって、豆粒状に固まった処が、手をひっかいた。ともあれ、普通のポストのようだ。次に、手の甲で強く叩いてみた。こおん、と音がして、少しく震えているのが、触った手に伝わった。紛れもなくポストである。私は一寸釈然としないおもいを抱きながら、コートのポケットから封筒を取出し、投函した。太宰が書いた風の「ことり」と云う音はしなかった。風が強かったので、その音にかき消されたのだろう。……

私はコンビニに入った。サラダチキンとビールとサバ缶とを選び、レジに持ってゆく。男の店員が応対した。私は彼に、

「前にポストがあるけど、あれは前からあったかな。」

2019年5月29日公開

作品集『岡本尊文とその時代』第16話 (全41話)

岡本尊文とその時代

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© 2019 吉田柚葉

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