「ウルァッ! ウルァッ!」
ウランバートルで羊飼いのバイトをしていたモロゾフは、羊をムチでしばきまわしていた。しかし、羊たちは奔走するモロゾフをあざ笑うかのようにメェメェとっちらかり、牧場はぜんぜん整わなかった。
「お前ちゃんとせえや!」
牧場長はまじで怒った。
「羊もよう世話せんか? ほなお前何ができんねん? くそして寝るだけか?」
「あの、小説が書けます」
「ほな書いてミィ!!」
「え! いまですか」
「そうや!」
モロゾフは五分で「まんこ舐め太郎の死」を書いた。それを牧場長は三十秒で読んだ。
「これなんなの?」
「は! なんなの、と申しますと?」
「まんこ持ちとかちんこ持ちとか、君は性をどう捉えているの?」
「性、でございますか」
「こんなもん書いてきみは平気なの?」
モロゾフは平気だったが、「あえて現代にこうした性を露悪的に描き出すことに、自己批判・問題提起としての深い意義があると考え、日夜苦しみながら書いております」といった。
牧場長は「ふうん。まあええわ。じぶん、小説の才能ないで」といった。
「羊ぐらいちゃんとせえ。ほんまにしばくで?」
「すんませんした」
モロゾフは必死になって羊をしばきまわしたが、羊はノーダメ感をあらわにしながら、モロゾフに突進するなどして遊んでいた。「メェメェ羊さん」。かつてモロゾフが可愛がっていた姪っ子――その姪っ子も大きくなり、「モディフィカシオン」を読んだのち絶縁を宣言してきた――が、絵本に羊が出てくるとそういってとてもよろこんでいたことを思い出す。なにがメェメェ羊さんやねん。ふつふつと怒りがわいてくる。なにかわいくデフォルメしとんねん。羊とか最悪やんけ。くまさんとか、らいおんさんとか。猛獣やんけ。なんやねん。かわいいもんやと思って、子供が近づいたらどないすんねん。絵本死すべし!
もうモロゾフは我慢ならず、逃げ遅れた羊に乗ってJRA所属騎手岩田康誠ばりの風車ムチをくれてやろうとしたが、するりとかわされた。驚いて混乱したその羊は、牧場のサラブレッドゾーンに突進し、二億五千万円で競り落とされ放牧中だったイエスタカスイエスに衝突。モロゾフは顔面蒼白となりイエスタカスイエスのもとへ駆けつけたが、後ろ足で蹴り飛ばされ腎臓摘出となった。イエスタカスイエスに怪我はなかった。
"エメーリャエンコ・モロゾフ「モロゾフ腎臓危機一髪」佐川恭一訳"へのコメント 0件