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ヒトは電気羊の夢を見る

一希 零

昨年秋から、SFに挑戦し始めています。本作はSF的、というくらいの質感の掌編です。今まで書いてきた小説の延長線から、もう少しちゃんとしたSFまで、色々試してみたいです。小説を書く時間が少し空いたので、今は文章がこなれてこずに苦戦している、今日この頃です。

タグ: #SF #純文学

小説

1,734文字

 久しぶりによく眠れた日曜日、僕は一匹の羊と目が合った。開店時間に合わせて国道沿いにある家電量販店へ行き、二週間前、突然失ってしまったいくつかの家電、ドライヤー、電気ケトル、炊飯器を購入した後のことだった。ペットロボットコーナーに、脚をはやした巨大綿菓子のような物体があった。商品札には「Mofsheep〈モフシープ〉」と印字されていた。サイズは高さ60cm、体長120cmほどで、やや小さい成羊と同等だ。

全身を覆う厚い毛は白いが、所々クリーム色の毛が混ざり、生物感と立体感を演出していた。鼻先は黒く光沢し、耳は小刻みに動いている。四肢は短く安定感があり、歩くと蹄が地面を軽く叩く音がする。同じリズムを繰り返す。僕と羊は数秒視線を交わし、頷いた。

ドライヤー、電気ケトル、炊飯器に加え、Mofsheepを車に載せて、国道を走る。僕の後ろで羊が息をひそめている。ダンボールの隙間から、こちらを覗いているにちがいない。

 

* *

 

この頃、安価に買える快眠サプリメントには、大抵「広告」が入っていた。無意識に働きかけ、購買を促す新たな媒体商品「睡眠広告」は、急速に市場を拡大させていた。人間の可処分所得時間の奪い合いに限界がきていたタイミング、無意識の時間は絶好のフロンティアだった。「ドリームメディア元年」と謳われつつも、無意識の刷り込みを危険視する声は、特に年配層に根強い。他方で、意識のある状態で広告に接触する不快を覚える割合は若者ほど高く、相対的に睡眠広告に理解を示す傾向が見られる。通常の快眠サプリより遥かに低価格で買えることも後押しし、急速に広まっていった。

妻が家を出て行ったのは二週間前のことだった。数カ月間かけて、妻の心が自分から少しずつ、確実に離れてゆくのを感じていた。それは僕と反対側から糸で引かれているみたいだった。妻は、彼女が好んでいた洋服、家電、雑貨、数冊の本のみを持って、この家を去った。彼女が不要と判断し残していったものを、僕はひとつひとつ確認した。一カ月分ほどの快眠サプリメントの箱は、そのうちのひとつだった。

大手IT企業に勤める妻は深夜残業も少なくなく、快眠サプリを常飲していた。初めは広告無しのものを飲んでいたが、節約のため広告入りのタイプに切り替えていた。夢で広告を見たとして、その夢はすぐに忘却される。無意識が消費行動に影響を与えるとして、逆に普段どれだけ自由意志に基づき選択をしているだろう。結局のところ、人は常にまず行動があり、後から自分の振る舞いに言い訳をするみたいに、意志を拵えるに過ぎない。

購入した家電とMofsheepの初期設定を一通り終えたのは既に夜だった。眠る前、彼女が残していったサプリを今は僕が摂取する。睡眠前のもうひとつルーティンとして、僕は思いついた絵を描く。スケッチブックにサインペンで描くだけの簡単なものだ。その日、僕は妻の姿を描いた。朝起きて眠た気な目をしてカーテンに触れる彼女の横顔。妻は今どこで何をしているだろう。良く寝られているだろうか。羊が不自然なほど自然に僕にすり寄り、小さく頷く。

 

* *

 

Mofsheepはロボットだが、何か人間の役に立つ機能を備えているわけではない。コミュニケーションを繰り返せば、人工知能が学習し、様々な反応を示し、増やしてゆく。それを成長と呼んでもいい。

僕は羊が好きだっただろうか。僕は僕に尋ねる。嫌いではないが、特別好きだったとも思わない。去った妻が、羊を好きだったかもしれない。妻は動物をとても大切に考え、場合によっては人間よりも優先すべき存在と捉えていた。もふもふした生き物を愛していた。

ある夜、僕はMofsheepの絵を描いた。黒のサインペンで描いただけにも関わらず、僕はその絵を通じて、白い毛並みが陽を弾き返す光景を想起した。風にそよぐたび、毛の一筋一筋が柔らかく光を纏った。黒い瞳は深く、静かに僕を見つめる。それは夢の中で会った時の姿かもしれないし、夢でなど会っていないかもしれない。僕の妻が何の夢を見て、何を選択したのかもまた、同じことだ。

次に目が覚めたら、僕は僕のMofsheepに名前をつけよう。そう決めて僕は目を瞑る。

© 2026 一希 零 ( 2026年2月5日公開

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