僕は、森の中に一歩、足を踏み入れた。
足元は湿っぽくて、ガサッと少し靴が入り込んだ気がした。
瞬間、上を見上げると、木と木の間にうっすらと太陽の光が差し込んでる。
平凡な一日に僕は、退屈していた。
だから僕は、足を踏み入れた。
ゆっくりと足を進めていった。
目的なんてない。
これは挑戦なんだ。
生きるか死ぬかの賭け。
そう。
そうなんだ。
木の上を、鳥が飛んでるのが分かった。
あの鳥達は、何を喜び、何を悲しむことが出来るのだろう。
僕の喜びは、誰に伝えればいいのだろう。
鳥がいなくなるのを待って、僕は目線を戻した。
ああ、明日は、何故、僕の未来を奪ってゆくのだろう。
未来しかない僕は、なんて不自由なんだろう。
一度でいいから、誰かを殺してみたい。
本気でそう思った自分に、お前は間違ってない、と言い聞かした。
気がつくと、もうずいぶん入ってきていた。
入り口は、遠くに小さくしか見えない。
僕は、覚悟を決めた。
もう、人を愛さないんだ。
もう、涙はこぼさないんだ。
×――「…………」――×
いくつか、もう出来ないことを考えてみた。
でも、まったく悲しくもなかった。
すべていらないものだからだ。
僕の心は澄んでいた。
それを森が迎えてくれてるみたいで、自分の正当性を感じた。
でも、胸の中はうらうらとしていた。
自分の気持ちを伝える相手を探してた。
その上、太陽はいいなと思った。
僕の心を乱すことはない。
この光は、僕は好きだと思った。
多分、あともう少ししたらこの光も消えるだろう。
その時僕は、光を失った僕は、寄り添うものを失くしなすすべを失うだろう。
でも、それも楽しみ。
それを含めた上での試しみなんだ。
これは。
でも、僕は何故、こんなことをしたのだろうか。
決して、死のうなんて思った訳じゃない。
逆に、生きたいという気持ちをとても感じた。
でもしてることは、逆の結果を招く行動……
結果なんてどうでもいい……
そう思った。
結果を恐れてては、答えなんて見つからない。
見つかる訳がない。
だって、答えなんて元々ないんだから。
それは知ってる。
とうの昔に気付いたことだ。
涙が枯れた時に、気付いたんだ。
そして僕は変わった。
一人の人間を純粋に愛そうと決めた。
今、それが出来てるか!
出来てる。
そう思う。
だからそのために、それを証明するためにここにこうして来たんだ。
結果というどうでもいいものを、完全否定するために。
命をなげうってまで、人を愛すことをただ遂行するんだ。
僕のために。
僕自身のため。
やるんだ。
少し、周りが暗くなってきた。
とうとう来たか。
僕は思った。
この時を待ってた。
心のどこかで恐れてもいた。
でも、ふっきれていた。
始まりだと思った。
何の、かは分からない。
命の始まり。
しっとの始まり。
すべての始まりには嘘がある。
美しい、立体的な、幻色的な、その「嘘」は物語性がある。
人の心を掴んで離さない。
それ程の完全な嘘だった。
僕はその嘘に騙された。
だからここにいる。
こうして生命を受けてる。
限りあるものだから。
命あるものだから。
少しでも、清らかでいたいと思うもの。
僕は、そこには誇りを持っていた。
それだけは譲りたくない。
そう心に思っていた。
僕は今、断崖絶壁の岩壁の上に立っているような状態だ。
でも心は静かで、心地良く感じた。
それは、死さえも恐れない平常心があるから。
でも、寂しくもあった。
もう、大好きな人達に会えない。
顔が浮かんだ。
今頃、心配してるのだろうか。
僕は、大変なことをしたのだろうか……
でも、僕は子供じゃない。
だから、自分の人生は自分で決める資格がある。
そう思った時、周囲に少し明るい黄色が見えた。
蛍か……
そう思った。
何匹か飛び回っている。
僕は、心が穏やかになった。
こんな僕でも癒してくれる者がいる。
「ありがとう」
僕は、少しの慰めに感謝した。
好きだったなー……
恋人。
親。
兄弟。
仲間。
先生。
みんながいてくれたから、僕がいる。
僕はこんなにも、愛を持ってたんだ。
いつからか月が出てた。
黄色い三日月だった。
あの頃に帰りたい。
そう思った。
気付いたら足を止めてた。
まっ暗の中、月の光だけが僕を照らしてた。
あの頃、僕は一人で何かを追いかけてた……
僕の人生は、ここで終わったらどんなにきれいだろう。
この月の光の中で朽ち果てたら、まるで物語の主人公のような演出がなされ、命も心も癒される。
蛍達も祝ってくれる。
いいかもしれない。
僕は覚悟を決め、仰向けに寝転がった。
心は静かで、落ち着いてた。
不安など、どこかへ行ってしまったよう。
それを隠す程に僕の心は決まってた。
僕は、瞳を閉じた……
そして光を待った……
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