ワンピース、叫んで

合評会2024年9月応募作品

Juan.B

小説

4,712文字

※合評会2024年9月応募分

※合評会2022年11月応募作に関係している作品だが、そちらを読まなくても問題はない。

どこまでも、清らかな芝生が広がり、あちこちに点々と木々が茂っている。その合間を、薄いグレーの看護服のようなものを着た子供たちが、笑いながら駆けていく。そして、その後ろを、浮動椅子に乗った、透き通るような白い肌の少女が、ゆっくりと追っていく。

「モトコさん、こっちこっち」

「うん」

モトコは細い腕でハンドルを前に倒した。椅子はやや前のめりになり、ふわふわと微妙に揺れながら子供たちを追っていく。その彼方には、時々きらめくバリアーがハニカム構造状にきらめいていた。今、まさに“保護者”たちが帰ってきたところだった。芝生の合間、トランポリンの様に弾む通路の行き着くところに、無機質なゲートがあり、そこで保護者たちは洗浄作業を受けていた。そして、金髪碧眼の中性的な姿をした、数人の保護者達が現れ、子供たちに語り掛けた。

「ただいま、みなさん。皆さんもご存じの通り、外は私たちの犯した罪により、悲惨な状態にあります。しかし、私たちは悲劇を繰り返してはならない。そのために、日々色々なことを学んでいます。わかりますね」

「はい」

無機質で透き通るような保護者の声に、子供たちは、男女の差はあるものの殆ど変わらない周波数の返事をした。

「ああ、美しい子供チルドレンたち。私は素晴らしい皆さんが大好きです。そしてモトコさん。今日はあなたに素敵な贈り物があります」

「えっ?」

後ろで漂っていたモトコに、一人の保護者が、リボンのついた箱を見せた。

「近隣のシェルターのみなさんが、力を合わせて、モトコさんのために作ってくれたものです。開けてみてください」

モトコは息をのみ、浮遊椅子から降りて、周囲の助けも得ながらゆっくりと箱を開けた。そこには、純白の、ワンピース・ドレスが入っていた。モトコの顔に、満面の笑みが広がる。

「わあ、きれい」

「綺麗ですね。でも、ただのドレスではありません。モトコさん、試着してごらん」

モトコが上からすっぽりと試着すると、ますます顔に笑みが広がった。

「あっ」

モトコは、ゆっくりと前に足を踏み出し、そして二歩、三歩と進んでいく。周囲の子供たちが惜しみない拍手を送った。その辺りで、犬の様なサイズになったゾウが、可愛く吠えていた。

 

~~~

 

今まで見たこともない、バリアーの外の世界を、モトコは他の子供や保護者と共に進んでいった。モトコのワンピースは不思議な手触りがした。そして襟の後背部にやや厚みがあり、そこには何かのモジュールが入っていてモトコを手助けしているようだった。少なくともモトコには首から何かの力が入ってくるように感じられた。

「モトコさん、外はどうですか」

「何もかもが、初めてで、でも……」

やや後ろを振り返ると見えるバリアーの中の世界に比べ、外は荒涼としていた。地面のアスファルトは、シェルターの保護者達が引き直しており、危険な存在・・・・・は遠くに追いやられていたものの、むき出しの土と、奇妙な色をした雑草だけが広がっている。そして、遥か彼方に、荒れ果てたビル群が見えた。周囲では、保護者が飛ばしているドローンが警戒を続けていた。

「他の子は何度か見ていると思うけど、モトコさんは初めてですね。これが、私たちの社会が犯した過ちの世界なのです。この辺りはシェルターの近くなので浄化が進んでいますが、あの旧都市圏中心部はまだ危険なので、近づいてはいけません。でも、いつかはいけるようになるでしょう」

保護者の言葉に子供たちは深刻そうに頷いた。その後、比較的安全な丘に登ってピクニックを張ることになった。かつてモトコは身体の問題により参加できなかったが、ワンピース・ドレスの力で他の子供たちと活動することができるようになり、満面の笑みで進んで大きなシートを引いた。子供たちは遠くの廃墟を望み、典型的な栄養ペーストの挟まれたサンドイッチをつまみながら、もしも世界が浄化されたら何をしたいか、語り合った。

「私は、動物たちと一緒に、あちこちを冒険したいです。かつての世界は異なる種を大切にしなかったからこんなことになってしまった。私は可愛いライオンやゾウに乗って色々な街を周って、みんなに命と道徳の大切さを伝えたいです」

「とてもいいですね。私は……。私はまだ何もよくわかっていないけど、いいのかな」

モトコが口詰まるのを察し、保護者が促した。

「いいんですよ、言ってごらん」

「いつもはみんなを待つ側だったから……いつも、お帰りって言う側だったから。ただいまって言える、何かをしたい」

「できますよ」

子供たちが温かく甲高い言葉を、モトコに送っていった。

 

~~~

 

美しい夜空が広がる中、崩壊したシティ・ホールの瓦礫の上で、人種や男女の区別もつかない雑多な恰好に様々な武器を持った者たちが、十数人も佇んでいた。彼らの前には、護摩の様な壇が組まれ、その上に数人の死体が積まれていた。

「みんな、準備は……」

松明を持った者が、周囲に確認を促したが、誰も返事をしなかった。無言の肯定により、壇に火が放たれた。バチバチと音を放ちながら、火は周っていく。誰かがハーモニカを吹き始め、また誰かが鼻歌を奏で始めた。

「無惨でイカれた旧権力と、そのイカれたガキどもに殺された犠牲者のために!」

「お前らは大地に帰り、この世界を汚し尽くしてくれ! 奴らが浄化と呼ぶそれの逆を行き、大地は精液と経血に満ち、そうして俺たちは新しい、全部がクソで美しい世界を作ってやる!」

「誓おう! 必ずガキどもを三日三晩放射能犯し漬けにし、お前らに捧げる!」

参加者たちの叫びを聞きながら、火を放った者は周囲を見回した。そして、会場の隅に座りこんで歪なドッグタグを掴み続けている、スキンヘッドでアルビノらしく白い肌の男に語り掛けた。

「ウマルさん。弟さんのタグは結局いれなかったのか……」

「死体がない以上……生きてるかも知れないからね」

そう言って男は精いっぱいの、薄ら笑みを浮かべたが、次第に項垂れていった。

「弟は……ヤクブは頭が弱かったが、おかげで二度生き残ったんだ。学校の遠足で、俺の弟は色々理由を付けられて、特殊学級に放っていかれた。クラスメイトは揃って街のホールに行って……やれ普遍的道徳のために他人を監視しろ、やれセックスしちゃいけねえ、なんてプロパガンダ3D映画を見ている最中……核攻撃で死んだ! 学校で生き残ったのは、お荷物扱いされていた特殊学級の生徒だけだったんだ」

そう語った後、ウマルは歯ぎしりするようにむき出しの笑みを浮かべたが、次第に涙声になった。

「そしてあいつは、本当に馬鹿で……あいつはまともな受け答えも出来ないから、どこの避難所にも入れてもらえなくて、外で黒い雨や残留放射能を浴びまくって……避難所にいた連中はみんなじわじわ弱って死んでいったのに、俺の弟は……スプリマイトになった」

「そうだな。一番差別されていた人々……デリバリー配達員とか原発作業員、障害者やそれに売春婦とか、そういう人々が、最初にスプリマイトになったからな……」

「そうだよ、本当に……あいつはバカで……最高で、だから、そこら中の人間をスプリマイトにしまくってくれたんだ。脱走してきた俺にもな」

後ろでは火の勢いがますます強まり、死体がじわじわと焼けていた。

 

壇の一部が崩れ、バチッと大きな音がしたその時、ウマルは立ち上がった。

「……あいつ、生きてる。いや、これは勘とかそんな物じゃない。あいつが傍にいた時の感触が……リアルな感触が……叫んでいる……!」

ウマルは外へ飛び出し、ライフルを担いで走り出した。そして、何人かがそれに続いていった。

「ドローンに気を付けろ! 誰かEMP弾持って来い!」

「おい、アタシも行く!」

 

~~~

 

ラン、ランと鼻歌を奏でながら、モトコは、荒れ果てた小高い草原の中心に、小さな杭を刺した。次第に杭から半径十メートルばかり、色あせた雑草が、虹色に輝き始めた。そして、近くを飛んでいた、鼠色の蛾の群れが震えて死に、地面にぼとぼとと落ちた。モトコの首のあたりから声が聞こえる。

「モトコさん、そのミニ・ノア装置はどうですか?」

「ええ、とても良いですね。大地がピュアになるのを感じます」

「残念ながら三十分しか主な効果が続かないけど、土壌に対する効果を評価するにはちょうどいい装置です。モトコさん、初仕事おめでとう」

「ありがとう。地面が綺麗ですね。地球が喜んでいるみたい」

モトコは虹色の芝生に寝ころび両手を広げ、大地と一つになっている、ような感覚を覚えながら、青空を見つめた。バリアーを介さない、真の空、真の大地、真の……生き物。その時。

「……モトコさん。付近に、何頭かの旧……霊長……近づづづ……ドロ……撤収ししし……」

付近を漂っていた一機の警戒ドローンが、金属音と共に火花を散らし墜落した。

「あっ」

モトコが立ち上がると、五、六人の、異形の存在が、いつのまにか自分を取り囲んでいた。

「……ヤクブが……いる」

「ウマル、行け!」

赤いモヒカンの女が杭を遠くから狙撃し破壊した。そして、スキンヘッドの男が、じりじりと、目を見開きながら近づいてくる。モトコは薄い悲鳴を上げた。男が近づくたびに、埋め込まれたガイガーカウンターが悲鳴のような音を上げた。

「この、ガキ……この……ああ……!」

モトコの手首が無理矢理掴まれた。そして、男はモトコにいったん自分の肌を触らせた後、ワンピースに触れさせた。それは人皮の感覚だった。

「俺の弟なんだよ。首のあたりで、生きてるよな?」

 

~~~

 

ゲートが突如青白い電流を周囲に放ちながら破壊された。そして、スプリマイトの集団がバリアーで守られていたシェルターの中になだれ込んだ。集団の先頭で、裸になってぐったりしたモトコが破瓜の血を流しながら抱き掲げられ、そしてその横に、「ヤクブ」と大きくスプレーペイントされた白いワンピースが棒で突き上げられていた。それを見た保護者が、手首の辺りからレーザーを放ちながら叫んだ。

子供チルドレンたちを早く! 別の門から!」

「うるせえ!」

頭に巨大な角を生やし背中にロケットを背負ったスプリマイトが、保護者に高速頭突きをすると、保護者は火花を散らし、ロボットの内部構造を晒しながら倒れこんだ。大勢の子供らしき何かが、次々と捕まっていった。

 

保護者ロボットが完全に破壊され、十数人の子供が素っ裸になり拘束された。ウマルは、ヤクブの脳抽出物と皮が使われたワンピースに向かい合った。スプリマイト達は武器を掲げながら、様子をうかがった。

「何て言ってる?」

「……ゆっくりと、帰りたいと」

ウマルは地面にゆっくりと視線を下し、芝生にワンピースを広げて置いた。そして一息つくと、真っ二つに、裂いた。襟の辺りから、ピンク色の液体が地面に染み出していく。

「帰る……か」

「ただいま、そして、お帰り、だ……ここから大地は戻っていく」

そして、スプリマイト達は、子供たちに向き直った。引きつって恐れおののいている子供たちが、次々と言葉を発した。

「環境破壊行為をやめてください」

「意思疎通が可能であるならば、あなた方は改良手術によって道徳的存在となる方法があるかもしれません……」

スプリマイトの一人が左右を見回した。

「お前ら、意思疎通できたか? しゅじゅちゅが云々とか言ってたな」

「良く分かんねえ。染色体の数がお互いちがうっぽいしな? こっちから意思疎通出来るようにしてあげなよ」

スプリマイト達は子供たちを抱え始めた。そしてウマルは、変色し始めたモトコを見下ろした。

「世界にお帰り。感想は」

「ただいま……きれい……」

2024年9月23日公開

© 2024 Juan.B

これはの応募作品です。
他の作品ともどもレビューお願いします。

この作品のタグ

著者

この作者の人気作

リストに追加する

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 短編集として公開したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

あなたの反応

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

作品の知性

作品の完成度

作品の構成

作品から得た感情

作品を読んで

作者の印象


4.2 (5件の評価)

破滅チャートとは

"ワンピース、叫んで"へのコメント 8

  • 投稿者 | 2024-09-24 07:19

    ウェルズの『タイムマシン』に描かれた、2つの階級に別れた80万年後の世界を思い出しました。
    白いワンピースが人皮を使った服とは……! 映画『ミッドサマー』にも人の皮でできた服がありましたが、観た時はあまりの狂気に震え上がりました(あちらはズボンですが)。
    シェルターの雰囲気がどことなくミッドサマーの舞台の因習村に似ているのも偶然でしょうか?

  • 投稿者 | 2024-09-24 20:26

    人間でできた服!
    隔離された世界にいる子供、という点では「天国大魔境」を彷彿しました。割とよくあるかもしれませんが。「世界の終わり」感は文字通り一番強かったです。私もですが、大体みなさん「白のワンピース」の比率が大きかったので。

  • 投稿者 | 2024-09-25 04:10

    退役軍人というのがそうらしいですね。
    四六時中反射的に行動していた反動もさることながら……天に帰る時がきたのかな。
    これの対応というのが割と面倒だとラジオで聴きました。バカやってもらんねえと見てられるか!とも言ってました。全くそうだろうなと。

  • 投稿者 | 2024-09-25 11:50

     私は昨夜の事のように憶えている。
     破滅派の高橋氏からテレフォンにて「ちょいヤバそうだが大物だろう」と連絡があった。
     今回の作品も癖は有りながら間違えなく「大物」の作品な故、大変に愉快と読んだ。

  • 投稿者 | 2024-09-25 12:40

    白いワンピースから最も遠いものとして何より白いワンピースの意味があったと思いました。
    やばい終末世界ですが、汚いもの、醜いものの方に人間味があふれている物語って魅力的です。スプリマイトのいろんなキャラ造形が見たい。みんないい奴で嫌な奴で個性豊かであってほしい。「パンドーラーの子ら」の方も読みました。アホの感想になるんですがこういう世界書けるのすげーって思います。

  • 投稿者 | 2024-09-26 17:53

    放射能汚染された現実世界。だけど人間の皮と脳で服を作る浄化された世界もまた、ユートピアの衣をまとったディストピアでしかないのかも。モトコさんに不幸になってほしくないし、ウマルの心情もわかる。この先の展開が気になります。

  • 投稿者 | 2024-09-29 15:43

    堪能しました。
    均一で薄っぺらい「善」「清」「純」と、ごちゃごちゃといろんなものが混淆した「悪」「汚」「濁」との対立、そして後者が前者をボコボコにし、あるいは犯し、あるいは爆破する、Juanさんの王道の物語。

    関連作はもっと救いのない物語だったと思いますが、「善」の中でも異質なモトコが、「悪」へ取り込まれながら「きれい」と呟くラストに、わずかな救いを見た気がします。作者の真意を合評会で聞きたいです。

    そう言えば人皮の聖書を大分の書肆ゲンシシャで見たことがあります。
    白人の皮なので白いは白いのですが、シミとか毛穴とか、なんなら産毛が少し残っている生々しさがあったのを覚えています。若い女の皮膚だったらもっときれいなんじゃないかなとかグロいことを考えたものです。アルビノの皮で服を作るってはるかに上のレベルの外道です。感服しました。

  • 投稿者 | 2024-09-30 18:56

    一方だけではなく、両面書くのがいいですよねえ。どっちにもそれぞれの生活があって、環境があって。
    それはそれとして、犬みたいなサイズのゾウとかライオンとか。
    いいなあwww

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る