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1-4-1. 《時の横穴》
ふたたび地は動き、山は育ち、陸は広がり、
草木は萌えて増え広がった。
《碧葉国》と《神殺しの帝国》は、
主に気候の温暖な大陸の北西海湾に栄え、
冷涼で急峻な南の内陸山地には、
《谷》からのわずかな移住者と、
ひとまとめに《異族》と呼ばれる
少数部族の者らのみが、
まばらに棲んでいた。
ある時、塞がれていたはずの《谷の横穴》に、
ひとりの女が墜ちて戻らぬ事変があった。
これを憂えた《月女神レ・リナル》が、
天より降り来たりて《穴》をふさいだ。
「地が動き、蓋がずれた。」と。
1-4-2.《月女神殿》
《時の横穴》をふさぎ見張りの幽兵を配し、
その地にそのまま堅牢なる銀の城砦を築き、
《銀月女神》はそのまま、しばし留まった。
《神殺し》たるを誇る《帝家》は
これを苦々しく思ったが、
版図より遠き寒き山塊のことゆえ、
あえて構いつけはせず、
そのまま黙殺として捨て置いた。
1-4-3.《月女神》信仰。
《谷》の人々はこの都邑を《月女神殿》と呼び、
畏れ敬い、次々に訪れた。
それまで心の拠りどころたる《神》というものを
持たずにきた《涙滴大陸》の余の者らも、
これを奇に思い、畏れ敬った。
やがて《月女神》はまた
『すべての雌と女たちの守護者』であるとされ、
子宝や良縁や、また離縁を望む者らが
続々と遠方より訪れた。
1-4-4. 女剣士(ルワ・ヘルマ)と女騎士(ルワ・ブラダ)。
《月神殿》を詣でる女と雌たちを護るために
《女剣士》と《女騎士》がうまれた。
それまで《帝国》においては
雌と女は泣きながら男と雄に犯され、
哭きながら使役され、
嘆きの子守唄を低く呟きながら
子や仔を産み育てる為だけの奴婢であって、
決してそれ以上ではなかったが、
《女剣士》と《女騎士》が力と智慧を得て、
男や雄たちと互角に闘い得ることを見て、
人々の心が変わった。
月女神の守護を得た女は、
すべての男が定めた掟から、
解き放たれて自由となる、
という不文律が創られた。
初代の《女騎士》の名を
リ・リィン=カ・タナンという。
奇しくも、《時の横穴》に墜ちて死んだ女が
遺した娘で、
《谷》と《碧葉》の血を併せ持ち、
金の長い髪に金の瞳の、
白真珠の肌の細身の姿であった。
1-4-5. 巫女戦士
《谷》と《帝国》の契約に基づいて《献納戦士》とされた女が、
その戒律を反故にするため
月女神に誓いを立て、
初の《巫女戦士》となった。
その名は《ハユンのアマラーサ》。
黒髪黒瞳、褐色の肌、男勝りの大柄な女であったと伝える。
《大旱魃》に際しては
飢饉に襲われた《谷》の戦士と共に、
奪われた《水神娘》を救い出し、
涙滴大陸を餓えから護った。
1-4-6. 月女神、去る。
大地鳴動し、大山脈が再びみたび激しく隆起し、街道は崩落した。
「足で歩む者は二度と再び《時の横穴》には近づけぬ。」と宣し、
《銀月女神》は《泥地界》を去った。
女神が残した《 三親の法 》(ミトラの教え)だけが残り、
幾度となき禁令にも耐え、
長く広く帝国内外に流布された。
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