二千二十一年の十月からのある埼玉県人:文字増やし版

小林TKG

小説

6,543文字

なんかネットでX(旧Twitter)っていう表記を見た時、手を加えてみたくなりました。

関東の埼玉県では、二千二十一年の十月から『埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例』が施行され、エスカレーター利用時立ち止まって利用する事が義務化された。埼玉くんだりの駅に行くと、そういうアナウンスが流れている所もある。

で、どうして突然そんな話をするのかと言えば、私の、私が今付き合ってる人、彼、付き合ってる人が埼玉県人なんで、なんです。だからそれに由来する。

「ほら、流れてる。流れてるでしょ」

去年、その条例が義務化されたら辺の時、浦和駅でそういうアナウンスが流れていることに対して、彼はそのようなリアクションをした。そういう埼玉県人だ。生まれも育ちも埼玉県人。本籍地からもう埼玉県。だから例えば他県に行って、役所とかで本籍地の場所とか、本籍証明とかの有無を聞かれた際は、埼玉県ですっていう事になる。ちなみにそういうアクション、

「ほら流れてる。こういうアナウンスが流れてるんだよ」

そういうムーブをした時、私は、私はそのアクション、ムーブをすぐ目の前で見た、見せられたんだけども、なんでって思った。どうしたって。急になんだって。でも、その後で二人で黙って電車乗って移動してる時に思った。すぐに改めて考えてみる機会に遭遇した。巡り合ったっていうのかもしれない。そうなれたのは電車の中が空いてたからかもしれないし、二人そろって座れたからかもしれない。窓の外が綺麗に晴れていたからかもしれない。上野東京ラインに乗って浦和赤羽間が一駅だったのも良かったんじゃないかな。座席の端の方に私が座れたのも幸いしたかもしれない。だって端は人気じゃん。だって片方が人、人間、他人、じゃないもん。両側が人間だと思うと、それはもうしんどくなってくるけども、片方が壁っていうか、あの仕切りみたいな、ドアの近くのあのあれ、で、もう片方に彼だったから、だから、十分弱の乗車時間に考えることが出来たのかも。

「ああ、この人は確かにああいうムーブをするかもしれないなあ」

って。

だって、そういう事になるっていう、二千二十一年十月からそうなります埼玉は。っていう、

「あの時もヤフーニュースとかで見てうんうん頷いてたしなあ」

彼。

私にLINEで送ってきたしなあ。そのヤフーニュースの事。それに、

「Twitter(現X)で大野もとひろ埼玉県知事の事フォローしてるし、それに類するツイート(現Posts(ポスト))にいいねとリツイート(現Repost(リポスト))してたしなあ」

彼はしてる。してる。本当にしてる。

「いやまあ、偶然ね。たまたまだよ」

とか、ごまかしてはいたけど、でもしてたし。してるし。ずっとしてるし。今もしてるし。いいねとリツイート(現Repost(リポスト))してるし。そんで、そのスクショをLINEで送ってきたし私に。

だから、

「だからまあ、そういう事もあるのかもなあ」

なんて、電車乗ってる時思った。電車では、新幹線とかはまだしも、関東くんだりの電車ではみだりにしゃべらない彼の普段の姿勢もあって、それで、考えることが出来た。で、思い改めることが出来た。何だお前とか思ってごめんね。でも、ただ、ただなんでお前、大野もとひろ埼玉県知事の事フォローしてるんだよ。お前。まあ、それは言わないけども。彼との共有のTwitter(現X)じゃないし。どうせ別れる番の一時のノリで作ったラブラブチュッチュアカウントじゃないし。生涯にこの人以外ないとか思ってるわけでもないし。だから言わないけどさ。そういうあの、開設時と別れた時の閉鎖時をスクショに取られて並べられてTwitter(現X)で晒されるタイプの、そういうのじゃないからさ。彼の個人のTwitter(現X)だからさ。いいけどもさ。いいんだけどさ。まあ信じられないけど。私は。なんで県知事の事フォローするの。なんで県知事のツイート(現Posts(ポスト))、つぶやきを見たいの。いや、言わないけどさ。

ちなみに彼は埼玉県人の川口圏人に属する。現在は川口駅西口からちょっと行ったところにアパート借りて住んでる。彼は生まれも育ちも川口圏内で、実家は鳩ケ谷駅の方なんだそうだ。ある土日のアリオ川口でマーベルの映画を観た後、彼の家、アパートの方に向かう途上にあるオリーブの丘で飯食ってる時、そういう話をした。市町村合併かなにかで川口市になった元鳩ケ谷市が実家なんだって。で、今住んでる所が川口。みたいな話。私からしてみると、もう少し離れたりしないの? と、秋田からこっちに出てきた田舎者の私みたいな人間からしてみると思うけど。まあでも、近いのもいいんだろうな。多分。まあ、私にしたところで実家との折り合いが悪いからとかで、こっちに出てきたわけじゃないし。仕事がね。仕事の有る無しがね。

「でね、埼玉と言えば、大宮と浦和仲悪い問題なんだよ」

川口圏人の彼はドリンクバーから帰ってきたタイミングでそういう話もした。なんで浦和に埼玉県庁があるんだと大宮。なんで大宮に新幹線が止まるんだと浦和。まあ、他にも色々とあるらしいんだけど、とにかくそう言うのがあるんですって。埼玉県は。埼玉県人じゃない私からしてみたら、どうでもいいって思ったんだけどでもまあ、埼玉県人からしてみたらとても重要な案件らしくて、あ、それはなんとなく、彼の話し方からそう感じた。だからそれについて、なにかこう、バカじゃないか? とかそういうのは言わない。言わなかった。心底どうでもいい。と思ったけど、でも、それも言わなかった。その後、オリーブの丘を出て、彼の家に向かって歩いてる時、ちょっとだけ、

「ドラックストアとかまだやってるかな」

「やってるでしょ、多分」

とか以外、ほとんど無言で歩いている時、思った。思い改めた。

「まあ、本当にそういうのってあるっていうからなあ」

そういうのって。ホントに。ホントにあるんだよなあ。あるんだよ。私でさえあると思う。私にさえあると思える。

「きのこたけのこ戦争だって本当にガチの人はガチだからなあ」

私からしてみたらどっちも、チョコとクッキーかあるいはビスケット。でも、それでガチの人はガチだから。違うんだから。全然違うの。そして自分が支持しない側に関しては、凄くランクが低いと思ってる。確信してるというか。そこに疑いとか存在しない。だから、まあ、余計な事言わなくてよかった。ホントに。Twitter(現X)でつぶやいたりもしたらダメだ。ただでも、そういうのって沢山あるんだろうなあ。全国津々浦々、世界全土にあるんだろうなあ。私が住んでた秋田にもそういうのあったんだろうなあ。沢山あったんだろうなあ。あ、今思えば、菖蒲カーニバルの場所変わったよな。今思えば。昔は家の前でやってたけど。いつの間にか大門町の方に移ってたよなあ。あれもそういう事なのかな。知らんけど。

「あ、ところで、こないだの話じゃないんだけど、川口圏人はなんかそういうないのかな」

別の日、今度は私の家に、コモディイイダで買った物を持って歩いて向かってる時、なんとなくそういう事を思った。荷物を持ちながらもさりげなく私に歩道側を歩かせようとしてる感がある彼を、ちらっと見て、思った。聞こうと思ったりもした。でも聞かなかった。余計な事知りたくなかったっていうかな。何だろうな。埼玉県人の川口圏人の彼とは、浦和に行くこともあるし、大宮に行くこともある。アリオ川口で観れない映画を浦和のParcoに観に行ったり、大宮ルミネの10パーオフに行ったり。他にも戸田に行くこともあるし、与野に行くことも蕨に行くこともある。埼京線に乗って武蔵浦和まで行って、そっから武蔵野線に乗り換えて新三郷まで行くことだってある。ららぽーと新三郷。あとIKEAとかコストコとか。

「ねえ、今度さ、東武動物公園とかも行きたいよね」
「子供の時、行ったことあるよ。でもまた行きたいなあ、行こうかな」

彼はそういう時、いつも普通に楽しんでるように見える。自然な感じで笑ってるし。私が見る限りは違和感もない。ぎこちない感じとかも無い。時々テンションが上がりすぎておかしくなるけど、北浦和のコメダでperfumeのサイン見つけた時とか、

「お、お、ねえ、見た?」

とかなるけど。で、ミニシロノワールにしとけって言ってるのに、ノーマルシロノワールとか頼んだりして。その前にピザトーストとコメチキ食べたくせに。テンション上がってさ。あと、

「セリアの手ぬぐいのラインナップを舐めてた」

とか言って、手ぬぐいのコーナーの前にずっと居たりするし。大宮ルミネの『私の部屋』でなんかお気に入り皿を見つけたとか言って、ずっと眺めては手に取って、眺めては手に取ってを繰り返したりするし。

でも、まあ、だからその場所、浦和だ、大宮だ、あと他の場所だに対して何か思ってるとか、そういうのは無い。無いと思う。私が見る限りは無い。それなのに下手に聞いて、

「いや、実は……」

とか言われても困る。困る。超困る。それ聞いたせいで、何時か行くつもりの東武動物公園に行った時とかに、

「実はここもさ……」

とか、なったら大変だよ。楽しめなくなるかもしれないじゃん。おい、やめろバカってなるよ。そういう可能性はあるでしょう。聞いたら。あると思う。無いように見えるだけで。無いように思えるだけで。無いかもしれないけど、でもある可能性も捨てきれない。だって彼は埼玉県人だから。生まれも育ちも埼玉県人。本籍地からの埼玉県人。先祖をたどったら実はクオーターとかそういう話は関係ない。今無し。無し。あったとしても無し。とにかく純正埼玉県人だから。何せTwitter(現X)で大野もとひろ埼玉県知事の事をフォローしてるレベルの埼玉県人だから。だから聞かない方がいい。聞かなかった。正しい選択だったと思う。私は。余計な事、知っていい事と悪い事ってあるよ。本当にあるよ。あると思う。

で、彼はこのように埼玉県人の川口圏人だけども。私は違う。駅で言うと最寄りは浮間舟渡。個人的に埼京線ラインで一番かっこいい駅名、駅の名、だと私が勝手に思ってる浮間舟渡。語感がもう丹下左膳みたい。超かっこいい。そんでその浮間舟渡周辺は東京都北区に属する。東京都北区浮間。私の家、集合住宅はファッションセンターしまむら浮間店の近く。だから正直北赤羽駅の方が近い。でも、名前がかっこいいから浮間舟渡駅の方を利用するようにしている。出発がギリになっちゃって時間無い時とかは別だけども。

そんな私が、彼と出会ったのは赤羽。まあ、ある話だとは思うよ。そういうのってままあるんじゃないかな。職場が一緒だったんだ。赤羽で。そんで二人ともゾンプラで内さま(現ネトフリ内さまワールド)観ていた。それから意気投合して。まあ、付き合うっていう事になった。なってる。

「私はやっぱりアンガの田中さんの一輪車だなあ」

「ああー。でも、ゴンゴンポポの竹山さんもよかったくない?」

「ああ、あれね!」

「竹山さんが全然声聞こえないのがさ」

「それ、それな!」

だもんで今も休みの日、休みの前日の夜とか赤羽で待ち合わせてみたいな事はまあ、ある。ざら。赤羽ビビオの星乃珈琲店でコーヒー飲んでから、じゃあどうする、みたいな。そういうの。

で、

んで、

んで、そんな彼が去年の十月一日からエスカレーターで立ち止まるようになった。それまでも止まりがちといえば、止まりがちだった、だから赤羽駅南口から構内に入って、そっからエキュート赤羽を抜けた先にあるエスカレーターは、横に並べないタイプの、一列タイプの狭いエスカレーターだから最初から使わない、選択しないタイプだった。そんな彼が、二千二十一年十月からは完全に止まるようになった。義務だから。条例だから。『埼玉県エスカレーターの安全な利用の促進に関する条例』が施行されたから。んで、埼玉県内は勿論だと思うんだけど、東京都北区赤羽でも止まるようになった。私はそんな彼に対して赤羽だよ、赤羽だけどって思ったけど。他にもたまに行く板橋でも新宿でも池袋でも神田でも浜松町でも田町でも大井町でも。彼はエスカレーターで立ち止まるようになった。じゃあ今週は私の家に泊まるかってなった際の浮間舟渡でも。彼はエスカレーターで立ち止まるようになった。だからそれに伴って私も立ち止まるようになった。少なくとも彼の前では。彼の前だけでは。一応。だって彼氏の埼玉県人性というか、なにせ大野もとひろ埼玉県知事のTwitter(現X)をフォローしてるくらいだから。だからまあ一応。

「埼玉県が最初だよ。最初なんだよ。すごいことだよ。さすがですよ。さすが」

とか言ってるから。二千二十一年十月から。十月一日から。

勿論私は、私は、仕事の時、私だけちょっと遅くなった帰りの時とか、あるいはバスとか交通渋滞とかでちょっと接続が悪くてとか、帰りがけにちょっとしたトラブルがあってとか、ちょっとファイルの整理があってとか、話好きの上司に捕まったとかで退勤が遅れちゃって、もう埼京線がホームに着いてる。もうドア閉まる。行っちゃう。って言う時はエスカレーターとかガンガン登るけど。彼が居なかったら、それはもうガンガン上がるけど。だって東京都北区だし。東京都北区赤羽だし。職場だって板橋区だし。

でも、彼がいる時はエスカレーター立ち止まって乗ってる。ちょっとしたスカートの時とか、彼はさりげない感じを出しながら後ろに立ってくれる。そんで二人して縦に並んでエスカレーター立ち止まってる。その横をガンガン人が上っていく。あるいは下っていく。東京都北区でも、埼玉県川口市でも、他の場所でも。どこでも。

「電車、高崎線URBAN高崎行、もう行っちゃうよ」
赤羽から浦和大宮にすぐいける高崎線URBANがもうドア閉めて発車しそうっていう時も止まってる。私が乗らないの? って振り返ると、彼は、本当に、すごく、非常に悲しそうな顔をしている。いた。星乃珈琲でこれからの予定の事でちょっと盛り上がり過ぎちゃって、それだから時間がズレちゃったんだ。

「……」

でもまあ、彼はエスカレーター立ち止まってるし、まあ、まあ別にURBANじゃなくてもね、その次でもね、高崎線じゃなくても宇都宮線でもね、浦和大宮はすぐ着くし。いいんだけどね。いいんだけどさ。

いいんだけど、でも私がエスカレーター上ろうとするだけであんなに悲しい顔する普通。付き合って初めて見たあんな顔。あんな悲しそうな顔。エサもらえない上野動物園の象みたいな顔。かわいそうなぞうみたいな顔。

「ごめん、時間見てなかったわ」
そう言って、次に来た電車の中で彼が謝ってきたんだけど。いや、いいんだけど別に。私の事をさりげない感じを出しつつもドア側にしてくれてるし。いいんだけど。電車一本乗り遅れたくらいでさ。いいんだけど。赤羽駅四番線宇都宮線高崎線ホームから六番線湘南新宿ラインホームに移った位。別にいいんだけど。一本乗り遅れたくらいで浦和のキミイツのパン売り切れたりしないからさ、
「そんなの大丈夫だって」
いいんだけど別に。

その日のお出かけを終えて川口の彼のアパートに泊まったら、夜ベッドで、
「恵梨香さん、その、同棲とかどうですか」
って彼が言った。彼にそう聞かれた。

「まあ……」

別にいいんだけどさ。でも、川口に住むの。それとも浦和。戸田。与野。さいたま新都心の方。大宮。大宮よりもっと向こう。上の方?

別にいいんだけど。でも埼玉県に住んだらそれこそ私もエスカレーター立ち止まるのかなってちょっと考える。完全に止まるのかなって考える。なんか考える。あと埼玉県に住んだら私にも言ってくるんじゃないかと思って。

「条例だから」

「義務だから」
って。

それがとても気になる。すごく気になるんだよな。

ただ、でもまあ、URBAN見送ってもエスカレーター立ち止まったその日のSEXはとてもよかった。特に前戯、愛撫が。その日の彼のそれはとても丁寧で、丹念で、私の事を考えてくれてる感じのそれで、私は大変に気持ちがよかった。だからまあ、私のフォローの甲斐もあったんじゃないかなと思うし、エスカレーター立ち止まった甲斐もあったんじゃねえかな。

2023年9月17日公開

© 2023 小林TKG

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