聖餐

椿蓮子

小説

1,079文字

――黒い教義。

ややグロテスクな表現を含みます。苦手な方はご注意を。

意識は醒めていた。しかし躰が動かない。自由が利くのは眼球だけであった。女はひとみだけを動かせて辺りを見回した。
己を取り巻くのはとろりとした漆黒の闇。眼に眩しいのは傍らに置かれた燭台。あかい蝋が溶けて雫を垂れる。微かに灯は空気に揺れ、天井に投射される影が妖しくゆらめく。鼻腔を掠める白檀の匂い。眼を下方に向ければ衣服を剥ぎ取られた己の躰。晒された無防備な素肌を飾る白い薔薇の花群れ。鈍く光る銀のフォークとナイフ。整然と並べられた白磁の皿。どうやら自分は長卓テーブルの上に寝かせられているらしかった。
一体、どうして自分が此処にいるのか解らなかった。記憶の絲を手繰るも判然としない。確か、病室のベッドで睡っていた筈だが……。しかしそれも定かではなかった。女の中で時間は始点を喪い、遠近感を失くしていた。そもそも、この漆黒の部屋では時間は無効であり、無意味だった。
やがて周囲がざわめき出した。床を叩く足音、衣擦れの音、がたがたという物音、空気が動いて大きく蝋燭の灯が戦慄き、天井へ映る数多の影が蠢く。女は眼で左右を見た。見知らぬ男が十四人、それぞれ長卓についた。
一番年長らしい男が席を立ち、厳かに口を開いた。
「我はよみがえりなり。生命いのちなり。我が言葉を聞きて、我を遣わし給いし者を信ずる者は、永遠の生命を持ち、審きを受けず、死より生命へ移れるなり」
そう告げると男は皆に合図する。十三人の男達は手を組み黙祷する。
の女は聖餐に供された生けるパンなり。このパンを食らう者は、永遠に生きん。彼の女の肉を食らい、彼の女の血を飲む者は、永遠の生命を持つ。我終わりの日によみがえらすべし」
年長の男が席に着くと、皆一様にナイフとフォークを手にし、長卓に横たわる女の膚へ銀のそれを突き立てた。
皮膚が破れ、鮮血が流れ出す。鋭い痛みが躰を貫いた。
女は異様な事態に目をこれ以上ない程に見開いた。

 

――私はこの男達に喰われようとしている!

 

しかし躰が動かせないので抵抗することも、逃げることも敵わない。悲鳴を上げることすらも。
男達は銘々、女の肉体を銀器で取り分けて皿に載せ、沈黙を守ったまま食していく。
丸く膨らんだ胸を切り開かれ、奥深く抉られ、手足を切り刻まれ、長卓に豊かに広がる黒髪は血汐に染まる。溢れ出る血を一滴も逃さないと男達は白い薔薇の花弁に血を浸して、口に含む。
女の躰を支配する痛みはやがて耐え難い激痛へと嵩張り、失血の為に意識が朦朧として遠のいてゆく。

絶命の際に微かに聞こえた男の言葉は呪わしくも聖なる響きを孕んでいた。

 

「――遂に我々の永遠は約束された」

(了)

2022年5月30日公開

© 2022 椿蓮子

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