溺れない山羊たち。

巣居けけ

小説

3,704文字

彼らは自身らが山羊であることを忘れないために、全てが反射する水面で呼吸を続けている。

路地裏に佇むサンタクロース常に着用している、ひどく薄い布で作られている服装の色が、赤色であると認識することができない連中が必ず存在している。彼らはおかしな色彩を、自身の萎れた眼球のせいだとは考えない。

彼らはいつでも、路地裏の汚いカビだらけの壁を背にしている小太りサンタクロースを指さして、隣を歩いていると思い込んでいる相棒に対し、「なあ、彼はどうして灰色のボロ着を好んでいるんだ?」と叫んでいる。また、一定数の薬物常用者どもは、サンタクロースの衣服が汚れの無い虹のように輝いていると、牧師のように主張することもある。そんな痩せた連中は、サンタクロースが仕入れている違法薬物の常用者ではない可能性がとても高い。彼がその全身に、赤く、さらにはいかにも温かそうな衣服をまとっていると認識できる薬物常用者はたいてい、サンタクロースが自慢の白い大きな袋の中に比較的雑に収納しているコカインか、あるいは淀みの無い阿片が入った紅茶の粉を常用して一日を過ごしている。しかし、常温の大麻や山羊の汗などの、サンタクロース専門外の違法薬物を常用している連中には、彼特有の、魚類で埋め尽くされている市場で嗅ぐことができる鮮血のような湿った赤色を視認することができないことが、とても多い。

夜。炎天下が付けた灼熱の痣が、街の道にこびり付いている暗闇の時間。今日は世界で、どれくらいの人間が自作の脂っこい炒飯に精液を混ぜ込んでいるのか。また、取れたての新鮮な精液入りの炒飯を恋人に振舞っている人間が、どれくらい存在しているのか。というような精液学の論ずるべき課題の中で最も広く議論がされている課題を必死に考えながら、黒い毛を額に持つ山羊のジョルドンは、晩御飯の特性炒飯を作り上げていた……。

すると長身の背広山羊は、自身が握っていた鼠色の湯呑をジョルドンの頭の上でひっくり返した。中の赤いワインが音を立てて落ち、ジョルドンの自慢の黒毛は、寿司屋で目にすることのあるしなしなになった海苔のような質感で皮膚に貼り付いた。

ワインの色がそのまま移ったジョルドンの瞳を見た低身長のバーテンダー山羊は、両手を上げて天井を叩いていた。「ああ、なんとも!」

彼特有の、油まみれのブービー・トラップ。有刺鉄線を舐めることが刑務所に入れられた生命体の唯一の特権であると学会で主張する人間たちの群れ。性教育に特化した山羊の教師の背中の悪臭がひどく漂う群れ。激突の回避を必ず視野に入れている水泳選手と、はげ頭を誇りに感じている散髪趣味の弟の自作の畑の中心地点で、案山子のように体内に木の棒を入れられている女児が腐っている。昨年の組体操の構想についてを議論している薬物常用者と飼い犬が、片手間で女児のもも肉を食らっている。ピラミッド型の湯呑で休憩を取っている。郵便局を唾液で汚しながら、銀行員の女から剥ぎ取った下着のちょうど真ん中の布を必死に食べている。理事を務めた丸眼鏡の黒い山羊が石灰岩の粉末を鼻孔に詰め込んでいるが、無遠慮の唾液を垂らしている赤子らしいその仕草は、無差別の新聞配達と炊飯器の新調が最終目的であると考えても大差はないだろう。

眼鏡の山羊が自在に伸びる舌を使い、新しい湯呑を棚から取り上げる。続いてバーテンダー山羊に会計を訪ねて、颯爽と茶色の外套を羽織る。

彼がいそいそと店を去ると、吹きこんだ冷風が新たな赤ワインを氷に変化させた。

すると全てのコンビニエンスストアの室内で、「カチッ」という乾燥している音が鳴った。
「人間の体毛を、静かに鮮やかに盗むんだ」
「おい待てよ。とにかくおれが創った、新しい古い詩人の最期を聞いてくれないか?」ジョルドンの額を舐め終えた背広山羊が凍った赤ワインを噛み砕き、新たなウイスキーを注文する。バーテンダー山羊から承った証拠である『なんとも・号令』が帰ってくると当時に、背広山羊は咳払いをして語り手の光を瞳に宿した。

背広山羊の話の全容は、彼の萎れた風船のような生涯を凝縮した情景に過ぎなかった。彼は住処である金属製の銭湯の隅で新聞紙を吟味しているが、山羊の汗の香りだけで五十曲を踊り続けることができている。
「『世界一』という名前の林檎があるが、これの五分の三を液体にして、誰かの股に掛ければ、いわゆる『世界を股にかける』が完遂するのではないだろうか」

カフェテリアを嫌う詩人が、白い病棟で毛玉と共に吐き出した最期の言葉。長身の女医は彼が吐き出した毛玉をつまみ上げると、玉の形から一本の毛に戻してみせた。右手に埋め込んだ小型の虫眼鏡で毛の表面を見てみると、すでに滅んだ火星の言葉で『世界一トイウ名前ノ林檎ガアルガ、コレノ五分ノ三ヲ液体ニシテ、誰カノ股ニ掛ケレバ、イワユル世界ヲ股ニカケルガ完遂スルノデハナイダロウカ』と刻印されていたという……。

背広山羊がウイスキーの最後の一口を舐めるように飲み、語りを終える合図をげっぷとして吐き捨てた。すると全てのコンビニエンスストアの室内で、「カチッ」という乾燥している音が鳴った。
「なあところでよ。……この世で一番えっちな人生を送っている人って、どんな人生なんだ?」

現在の店内でカウンターの席に腰を下ろしていない二人組が雷を形容している声を出す。独りよがりのアデルロンサマンは警部補のトンテの紫色の頭髪を掴んで、飛び込み営業の新人のような輝いている黒い瞳で訊ねていた。

職権乱用を生きがいとしている警部補のトンテは、自慢のキネトスコープに唾液を垂らしながらも、その胡乱で飴玉のような目線をバーテンダー山羊に固定させていた。
「まあ、山羊なんてそんなモンだからな」
「山羊は鳥なんかよりも、よっぽど神秘的だと思うけど?」
「ねえアナタ、黒いごまと家族団らんの味がする飴玉の所在をご存じかな? ええ」

アデルロンサマンの瘡蓋だらけの黒い顔を睨んだのはジョルドンだった。自身の宗教の秘術を簡潔に尋ねられたアデルロンサマンは、颯爽とジョルドンの額の上で十字架を演出し、双眼の瞼を下ろしてから即興で牧師の顔を頬に作った。
「二つの年齢……。男女の年齢の差……。合わせるには、接着剤が必要……」
「それがアンタの種だったいうのかい?」ジョルドンは背広山羊の三杯目のウイスキーをアデルロンサマンに投げつけた。後方ではバーテンダー山羊が寿司の出前を取った時のような歓喜の高音を上げていた。「なんとも!」

後方に倒れていくアデルロンサマンを受け止めたトンテ警部補はジョルドンを睨み、女子大生がはげで年寄りの教授に向けるような色の付いた氷の目線を当てた。
「あんたはどうして宗教に関心が無いふりをしているんだ?」

ジョルドンはサンタクロースの衣服のような赤色のスツールから降りると、トンテ警部補のヤニ臭い左耳に口先を突き入れて囁いてから、同じスツールに腰を戻した……。「君の膣内が料理に適切な温度だったのさ……」
「理由になってないだろうが」

すると全てのコンビニエンスストアの室内で、「カチッ」という乾燥している音が鳴った。
「ああ、ええとね。全ての事柄がままならない、ということだよ。ご理解いただけたかな、マザー?」

今にも警棒を取り出して、酔っ払い教師のように暴れ始めてしまいそうな膨れた顔をしているトンテ警部補の前に出た背広山羊が、いかにも博識そうな宗教研究家の素振りを両手で作りながら唾を飛ばし始めた。
「二つの年齢を合わせるには、接着剤が必須よ」バーテンダー山羊が無料の胎芽酒をトンテ警部補に受け渡し、くたくたに伸びているアデルロンサマンを店の裏に引き取っていく。「ああ、なんとも!」
「そうか。やつは店員にチップを渡す時、札を入れた胸ポケットをポンポンと叩くのではなく、上から二度ほど撫でつけるんだ」
「それに意味があるの?」
「そうすることで、相手の乳首の感度を見ているんだ。夜に襲うつもりだ」トンテ警部補がようやく警察官らしい洞察を発揮しながら、背広山羊の隣に座った。
「待って。地下住まいの山羊どもはレミントンを嫌うって聞くけど、それは本当だったのね!」
「そうさ。レミントンは飴玉を貶した。そうだろ? だから地下の山羊は嫌ってるはずだ」

バーテンダー山羊がカウンターに戻ったので、トンテ警部補は財布から五百円札を取り出して彼の胸ポケットにつっこみ、上から乳首を撫でつけた。
「おおう……。私は冥土の土産に、メイド服をメインディッシュでいただきたいんだがな……」
「ならそれでやると良いさ。おれは今入れた金額で十分に事足りる店を、基本的には三つほど知っているから。

すると全てのコンビニエンスストアの室内で、「カチッ」という乾燥している音が鳴った。
「ああ。十三階建て囲碁ばっかりやっていたせいで、もうあの天井が囲碁版に視えてくるよ……」
「おかしいな」ジョルドンの常套句に上から口をはさんだ背広山羊は、それから有名な山羊軍曹のような硬い顔を作りつつ、自慢のアヘン煙草を賢明にくゆらせた。「この施設に天井は無いのに……」
「時折鳴る『カチッ』という音は、一体何なのだろうな。回転山羊装置が再起動をする音かな」

店の地下で酒樽が崩壊する音が響いた……。

2022年4月24日公開

© 2022 巣居けけ

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"溺れない山羊たち。"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2022-04-24 19:37

    読んでいて実に痛快でした。

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