不幸な青年期の始まり

猫が眠る

小説

3,020文字

いじめられていた頃のことを思い出して、虐めていた側から書いてみました。昔とはいじめの構造が違うんじゃないだろうか。

俺らは、まあ、正確に言うと川島とゲッポと大河と俺は金マンの脇を突いて遊んだ。そしたら金マンはいつもの変な笑顔を浮かべた。俺らはそれを見て、ゲラゲラ笑った。それで、また金マンを突いた。そうしたら、金マンはまたあのキモい笑いを浮かべるんだ。

金マンというのはそいつのあだ名だ。ホントの名前は「金木洋一」と云う。でも誰も本名なんて覚えちゃいない。俺らか「金マン」と呼んでいるからな。俺らがほとんどクラスの絶対みたいなもんだよ。

俺らは別にクラスのリーダー格と云う訳ではない。俺と川島と大河でゲッポと金マンと、ときどきジャンボ(デカいから)をからかって遊んでいるだけだ。でも大河にも川島にも俺にも分かってる、クラスのリーダー格の白鳥やゆーやは俺らを恐れているってさ。

俺らは中三だから、部活もないし、放課後までずっと暇だ。金マンは頭いいから勉強しにすぐ帰るけどな。そういうときはゲッポをからかって遊ぶ。ゲッポは顎が割れているので、ケツアゴと呼んでからかう。

「ケツアゴ!ケツアゴ!」

俺らはゲッポの顎の割れたところをくすぐる。ゲッポは金マンに似たあのキモい笑いを浮かべる。俺らはゲラゲラ笑う。放課後はだるいからダラダラ帰りながらゲッポをときどき小突いたり蹴ったりしながら遊ぶ。ゲッポはそういうことを例えば川島がしたとすれば、俺の方へやってくる。あのキモい笑みを浮かべて。「金沢~」そしたら俺は言うんだ、「キモいんだよ、死ね」。そうすると今度は大河の方へ行って、それがぐるぐる回る。普通におもちゃ以外の何物でもないさ。

そういう光景が授業以外の休み時間とか、至る場所で繰り返されている。と云うか繰り返している。そうすることで、リーダー格のやつら(白鳥とかゆーやとかね)もクラス全体も俺らを恐れるようになる。クラス全体をからかい相手として遊べるってわけだ。そう云えばチビの倉田もときどきからかうかな。

まああのキモい笑い方を浮かべるヤツらは全員標的ってわけだ。

黒板なんてのは格好の道具で、よく、体育や音楽とかの教室でやらない授業のときに、誰もいなくなったときを狙って、黒板に色んなことを書く。「金の亡者、金マン!」とか、「金マン、死ね!」とか。

金マンは授業のあと、キモい笑みを浮かべながら、必死で消す。ゴシゴシ消す。たくさん書いたから、なかなか消えない。それが面白くて、俺らはゲラゲラ笑う。クラスの人間は黙って無表情だ。それにはかまわず、俺らは金マンに「くっせえ!」「金の亡者がなんかやってるよ!」とか言いながらゲラゲラ笑う。ゲラゲラと云っても、クラスのバランスを壊さない具合に笑うのを慎重に心がける。デカい声で笑いすぎるとリーダー格の奴らが立場上なんか言わなきゃならねえってことになるだろ、そういうこと。

そうやって俺らの地位は築きあげられているからなあ。

ときどき、倉田とかジャンボとか金マンの上履きに俺らは画鋲を入れる。で、それを取り出したところを見る。隠れて見る。そういうとき、奴らはいつものキモい笑みと違って、悲しそうな表情を浮かべいる。

で、「どうしたんだよ〜笑」とか言いながら俺とか川島とか大河が、奴らと肩を組む。そうすると奴らはいつもの引き攣ったキモい笑顔になる。俺らはそれを見て手を叩いて喜ぶ。

金マンはもうすっかり俺らの一員だ。一番上のボタンを開けていて、一年の頃から仲がいいらしい教師に「お前どうしちゃったんだよ」と言われて。なにせ、俺らの一員だからな。一番上のボタンぐらい開けていなきゃ困るぜ。

重要なことを言い忘れていた。金マンは「金木(かねぎ)」だから、「金沢」の席の一個後ろなんだ。ついでに言うと「川島」の前でもある。つまり俺らに初めから挟まれていたってわけさ。

いっとくけどさ、最初に俺がいじられたんだよ。金マンに。「金沢〜なんでお前はなんにも言わねんだよ〜」って(今じゃ金マンがそう言うことはできないけどな)。そんときは女子たちに言われていたよ、「金木さん、目が輝いてる〜」って。俺は気分悪かったが、何にも反応しなかったな。まあ金マンが俺に手を出したのが悪かったな。そっから俺と川島の攻撃が徐々に始まったのさ。徐々に、ってとこが大事だぜ。後ろから川島が突っついて、前から俺が振り返ってニヤリと笑いかける。奴にはこの笑いがいちばんてきめんだったらしいな。後ろから突かれて、「やめてよ」と何度も困惑してるところに俺の皮肉めいた笑みにあうんだからな。

実際川島のいじりは度を越していたと思うね。執拗に金マンをいじくり回してた。なんか因縁でもあんのかな。

金マンが太宰治の『人間失格』なんて読んでた日には「金マン失格」って川島は黒板にデカデカと書いてたぜ。

そうそう、修学旅行の話なんて傑作だぜ。俺と大河と佐藤と金木が同じ班になって、俺は佐藤の財布を盗んで金木のバッグに入れてやったんだ(佐藤ってのは金マンと同じ部活で金マンの友だちさ)。佐藤が気づいたときには大騒ぎさ。俺らは内心ゲラゲラ笑ってたんだけどな。そっから、どうなったかは俺は知んねえけどな。まあ、見つかったってことは、金マンが、「ここにあったけど……」なんて

佐藤におずおずと言ってたのに決まってるさ。傑作だな。

しかし、金マンは修学旅行以降変わっちまったな。おかげで俺らはゲッポとかジャンボや倉田で遊ぶしかなくなった。金マンがどう変わったっつうと、あのキモい笑みを浮かべなくなったんだよ。無表情さ。俺らが突っついても無表情、黒板に「金マン死ね!」って書いても微動だにせず、無表情さ。消そうともしない。そうすると俺らにとっては面白くないわけよ。俺らは金マンがつまんなくなっていじるのをやめたな。

したらさあ、大河が──席替えでたまたま金マンと前後になったんだが──金マンのことを尊敬し始めてさ、ことある事に、「お前はどう思う?」的なことを訊いているわけ。

俺ら、ってか、俺と川島的には面白くないわけよ、それが。あんだけいじられておいて、今さら誰かの──まさか身内の──尊敬を買うなんてとんでもねえよ。

無表情──と云うより、能面だったな。金マンは。まるでなんかのマスクを被ったみたいに表情が無くなった。

金マンがそれより前に一度だけ怒ったときにはビビったよ。俺を殴ったりして。でも本気じゃなかったから俺以外の奴らは笑ってたよ。もっとも、その時間はそれ以上いじったりしなかったけど。あれはなんだったんだろうな。金マンは何考えてっかわかんねえけど、頭いいから、どうやったらいじられなくなるか考えていたんだろうな。それで、怒ればどうなるか、とか。

でも、それすらも無くなってなあ。卒業式の日に俺らで方々から金マンの髪を引っ張ったんだが、それにも無表情で何も反応しない訳よ。川島なんかは「抜けないもんだね」とかからかってたが、俺は気味が悪かったな。あいつの能面は板に着いていたというより、奴の身体に染み付いていたんだと思うな。大河はそれを一層感じ取ってたらしい。だから、尊敬する態度なんてのをとったんだな。

近くにいないおれにとっちゃなんの事かわかんねえ。とにかく金マンが変わっちまっておもちゃにできなくなったことだけは分かったよ。

金マンは頭が良かったから、県内でいちばん頭がいい高校に受かったらしいが、その後は知らんよ。今でも、俺らを恨んでいるのかねえ。

今じゃ俺らより良い暮らししてんだろう。羨ましいねえ。

 

2022年3月10日公開

© 2022 猫が眠る

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