投票日まで残すところ2日となった日の朝。早朝の駅頭活動を終えて冷凍庫のように冷えきった事務所内を石油ストーブ4台で暖めていると、「まだ折られだ!」と牛久から通う金井芳雄が強い北関東訛りで叫びながら事務所に入ってきた。
「えええ!」それを聞いた金井と仲が良い松井が驚いて座っていた椅子から立ち上がった。
金井は牛久から印西を通って事務所に通っているのだが、その通り道にある翁淳平のポスター看板が全部、根元から蹴り折られているというのだ。
ポスター看板というのは、候補者の顔写真ポスターが貼られた板を、長めの杭にネジ留めしたり、釘で打ち付けて、公営の場所に打ち込んであるものだ。車で走っていると道端にニコニコした政治家の顔写真の看板があるが、アレのことだ。
「2日続げでやられだ」金井が肩を落とした。初日に蹴り折られていたものを金井と松井が修復したばかりだった。
それを聞いていた翁の秘書である麻生が「申し訳ないけど、時間がある人は現場に行って立て直してきてくるかな?」と言う。
「仕方ねぇな、行ぐべ」と金井が言うと、松井も「はい」と答える。金井は僕の方を見ると「清弘さんも行ぐべ。今日は夕方までやるごどがねえべ」ポスター看板がどのように蹴り折られているのかに興味があった僕は反射的に「はい」と答えた。
金井と松井と僕の3人を乗せた軽ワゴンは事務所を出ると国道464号を東に向かう。国道464号は、千葉県松戸市から千葉県成田市に至る一般国道で、鎌ケ谷市からは上りと下りがそれぞれに別れた一方通行になっている。全長距離は46.9kmである。
ワゴンには新しい杭が長短合わせて30本とポスター板30枚が積まれている。ほかに杭を打つハンマー大小2本と電動ドライバーにネジが入った道具箱を積んでいる。
「まっだぐよ、折られだのを打ぢ直したばっかりでよ、奴らは気がおがしぃんだっぺ・・・俺らが××●●×・・・」金井が運転しながらブツブツ言っているが、訛りが強くて最後の方は何を言っているのか聞き取れないが、相当に腹が立っているのは間違いないようだ。
金井が言う奴らというのは敵党候補者陣営のことであるが、敵党というのは何党なのかは政治素人の僕にはわからない。
「奴らは夜中にバイクで走って看板を見っけだら蹴り折っていぐんだ」金井がハンドルをガンガン叩きながら興奮している。運転は大丈夫なんだろうか?
「なんでバイクなんですかね?」落ち着かせようとして陳腐な質問をすると、馬鹿な質問をするというような顔で僕をチラリと見て「逃げやすいからだっぺよぅ!」言って笑った。
ワゴンが千葉ニュータウンの街を過ぎて、さらに印西牧の原駅が近づくと金井が「うわ!ここもだ!」と叫んでいきなりブレーキを踏んだ。ギギギーー!という嫌なブレーキ音がして、車は軽くバウンドした。「大丈夫だっぺ、後続車は確認してっからぁ」と言うなり急ハンドルを切って横の空き地に車を停めた。空き地の土埃が激しく舞い上がる。
乱暴な運転に肝を潰して「あわわわ」と腰を抜かしていると(ま、座っているからねw)「あそこだ、あそこだ!」と叫びながら金井と松井が飛び出していく。
僕も落ち着きを取り戻すと、すぐに金井と松井のあとを追って走る。
「こりゃ酷ぇなぁ~」金井と松井がコンパクトデジカメで現場の撮影をしている。証拠写真にするのだろうか?
地面を見ると根元から杭がへし折られたポスター板が2枚転がっていて、翁の顔写真だけが愛想をふりまいて笑っている。空き地には冬の突風が吹きつけている。
「じゃ、始めっかぁ?」ひとしきり証拠写真?を撮影した金井と松井は車に戻って長い杭を2本と短い杭を2本とポスター板にハンマーをぶら下げて現場に戻ってくる。看板は2本倒されていたからだ。
「あのう・・・僕は?」と言うと、金井は「車がらネジ入った道具箱持ってきてくれればいいがら」と言ってハンマーを持ち上げた。
「松井君、杭を抑えでくれ」「はい」「そりゃ」ガッツンガツン!と金井のハンマーが杭を打つ音がして土中に長い方の杭が打ち込まれていく。「もういいべ」金井が松井を何かを促すように見る。
僕が車から道具箱を持って現場に戻ると、すかさず松井が道具箱から電動ドライバーとネジ数本を取り出して、ポスター板を杭に固定していく。バリバリバリ!電動ドライバーの音が周りに響く。あっという間に無駄な笑顔を振りまく翁のポスター写真が固定されていく。2本目を杭に固定し終える頃に、「あああ!あっこもだぁ!」金井が叫びながら指を指す。
「しゃぁねえ行ぐがぁ」金井がため息をついて車に杭を取りに戻る。松井と僕も板を固定し終えたので後に続く。
国道464号は、高速道路並みとは言わないが、それに近いものがある。一方通行の2車線道路はかなり危険なのだ。それを渡って向こう側の看板を修復しなければならない。運良く信号があるので信号が青になるのを大の男が3人行儀よく並んで待っている。
ひとりは大きなハンマーをぶら下げ、ひとりは大小の杭を持ち、もうひとりの僕は翁の顔写真を貼り付けた板を持っている。なんとなく情けない姿である。
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