正面衝突したけど、僕は三メートルほどぶっ飛ばされただけで驚いたことにまったくの無傷だった。蓄えていた脂肪は無駄じゃなかったってわけさ。逆走するペスパに轢かれて死にたくなければ僕のようにたっぷり脂肪を蓄えておくことをお勧めする。
「鏡に映った自分の姿を見て目ん玉に逃げられたんなら大人しく屠畜場へ行け! あ! お前もしかして当たり屋か? 当たり屋なら私ではなく他を当たれ!」とワタキミちゃんは倒れている僕に向かってそうまくし立ててたっけ。それに対し僕はね、「当たり屋などでは決してない!」といった当たり屋が必ず言い返しそうな発言に終始しちゃった。
働きづめのワタキミちゃんの口に休息が訪れたのは、どこからともなく現れたチベットスナギツネみたいな顔をしたおじさんがワタキミちゃんに向かって「おまえ目ん玉ついてんのか?」と言ってくれたからなんだ。そのチベットスナギツネさんがいなかったなら、僕はワタキミちゃんの笑顔と丁寧語を見聞きすることはできなかったろうさ。チベットスナギツネさんのおかげでワタキミちゃんの僕に対する敵意は払拭された。そうして一方通行道路と彼女の口に平和が戻ったのだった。
例によって僕はワタキミちゃんに一目惚れしたよ、うん。そんなわけで僕は彼女と話がしたかったから、道路の脇の駐車スペースを教えてあげたんだ。するとワタキミちゃんはね、僕とぶつかって死ぬとこだったベスパ(そいつも運よく無傷だったよ)をそこに駐めて僕と話をしてくれたのさ。
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