ピストルノスタルジック

応募作品

小雪

小説

3,409文字

銃とは何か。人は銃を、単に人を殺す道具に過ぎないという。――でも本当にそうか? 単なる人を殺す道具であるのならば、人はなぜここまで銃に魅了されるのだろうか。それは、銃が「道具」という言葉で把握される以上の、人間の理性を超えた何かであることを示しているのではないか。男と女が喫茶店で銃を舐めあうエロスファンタジー。

大きなデパートの隅にひっそりと構える喫茶店に、男が座っていた。どうやら誰かを待っているようだ。二人用の席の向かい側をわざわざ開けて、大きなリュックサックを脇に置いている。店内は人もまばらで、参考書を広げている学生、演奏会帰りの女性二人組がいるだけであった。

 

入口の方で、いらっしゃいませとバイトが元気よく叫ぶのを、男は聞いた。どうやら待ち人がやってきたらしいと思った。佇まいを正して、背筋を伸ばす。果たして、向こうからロングヘアーの女がやってきた。
「待たせたわね」と、女が優しく語り掛ける。
「いいや、今来たばかりだ」と、男は無表情でそれに答えた。「で、今日は何の用だ」
すると、やにわに女は座って、黒皮のボストンバッグをゴソゴソと探り、新聞紙にくるまれたバナナくらいの大きさのものを取り出した。それは、見た目に反してゴトリと重い音を立てて、テーブルの上に置かれた。少なくともプラスチックではない。
「それはなんだ?」と、怪訝な顔をして男は聞いた。
「銃」

女はなにともなく答える。じゅう? と、男は目を丸くして、首をかしげた。じゅう、じゅう、じゅう……男は記憶と照らし合わせてみたが、一致する記憶はなかった。
「じゅう、とはなんだ」

これよ、と答えながら女は何重にも包まった新聞紙を解く。すると、中から黒くてゴツゴツとした金属の塊が出てきた。ところどころ錆びていて、新聞紙の内側は赤茶けている。バイトはテーブルを汚しはしまいかと、不安そうな顔をこちらに向けていた。
「これが、じゅう、か。して、これはいったい何に使うやつなんだ?」
「使用用途は分からないわ。ただ、噂によればその昔、祭祀や重要な会合のときに、重要人物の周りにいた人間が懐に隠して、そのイベントの無事と安全を祈ったそうよ」
「はぁ、するとなんだ、これはお守りみたいなもんなのか」

女は銃に視線を向けながら、そうかもねとつぶやいた。男は、女が銃を出してから、自分の顔を全く見ないで、それに夢中になっていることに気が気でなかった。まったく、そんな鉄くずのどこがいいんだ、と心の中で吐き捨てる。
「なあ、ちょっと見せてくれよ」と、男は少々語気を強めて言った。
「いいわよ、ってか何をそんなに怒ってんのよ」

と、男は女を無視して銃を手に取った。持ち上げた瞬間、ずしりとした重みを感じて、予想より幾分か重いことに男は少々面食らった。
「しかし、随分奇妙な形をしているな……」と、男は呟いた。銃はL字をしており、短い方は金属が網目模様をしている。握ってみるとザラザラとした表面が皮膚に馴染んでちょっとだけ気持ちいい。長い方は持つにはちょっと細くて装飾がごつごつしていて、先っぽの突起がちょっと邪魔だ。奇妙なことに、持つ向きを回転させて細い方の先端を見れば、なんだか深い穴が開いている。目を近づけてのぞいてみても、余りに細く、光が奥まで届かないために中がどうなっているのかは分からなかった。しかし、不思議とこの穴に吸い込まれそうな気分がして、目を離すことができなかった。銃がこちらを見ている、とちょっと不気味な感じがした。
「ふふ、あなたも気になるのかしら? その穴」と、女がニヤリとして聞いてきた。
「ああ。随分手の込んだ穴だな。こっからなにか発射できるんじゃないか?」
「バカね、そんなわけないでしょ。ほら、ね、私にも貸して」

と、女は手を伸ばし、男から銃をひったくった。男は怪訝な表情をした。こいつ、こんなに乱暴な女だったか? と、手のひらを見ると、男は自分の手が鉄のさびで真っ赤になっているのに気が付いた。
「うわ、やられた」
「ちょっとそこの水道で手を洗ってきなさいよ」と、女はそっけない声で言った。ち、久々に呼ばれたと思ったら、嫌に冷たいじゃないか。男は、そう言いたくなるのを必死に堪えて、店内の水道に向かった。さびの着いた部分が触れないように、指先で蛇口をひねると、ちょろちょろと水が出てきた。男は、手を濡らし、傍にあった洗剤をつけて入念に手を洗う。泡が赤く染まっていくところをぼーっと見つめながら、男は考えた。

女の奴、銃とかいうやつにあんなに熱中しやがって。しかし、女があそこまでオカルト好きだとは思わなかった。確かに、あの穴を見たときは俺だって綺麗だと思ったさ。手に持ったらちょっとだけ気持ちよくて、あそこから何か出てきたら気分が良いんだろうなって。でもそれだけだ。確証も何もないただのファンタジーだ。それだのに、あの女と来たら一体なんなんだ。俺に目を一切合わせず、銃のことばっかりだ。第一、俺の手が汚れたって、女は気にも留めない。今だって、汚れた手を洗う俺のことなんか目もくれず、銃のことばかり考えているんだろう。ちきしょう。なんなんだ。銃ってのは一体なんだっていうんだ!
「――お客様」と、不意に話しかけられたとき、男は洗剤の泡を水ですすいでいた。振り返ってみれば、先ほどいらっしゃいませと叫んでいたあのバイトだとなんとなく分かり、「ちょっと待ってろ」とハンカチで手早く手を拭いた。若いのか、バイトは男を前にして少し目が怯えている。
「は? 何か用ですか?」と、イライラしながら男は答えた。
「い、いえ、その――お連れ様が――」
「あの女がどうしたって?」と、威圧的に聞き返す。
「す、すいません、その、お連れ様が――あの――」と、バイトはひたすらもじもじしている。男のイライラは最高潮に達し、行けばいいんだろと声を荒げると、急いで女の元に戻った。

 

と、女は店中の注目を集めていた。学生は参考書をそっちのけで女を凝視し、演奏会帰りの女性たちは口に手を当ててひそひそと声を潜めていた。――女は、銃を舐めていた。
「おい、なにしてんだよ、きたねえだろ」と、男は声をかけた。
「ビニール袋にいれてんだからいいでしょ」と、女は言いながら、ぴちゃぴちゃと音を立てている。女は、穴のある細い方を入念に舐めていた。大きく口を開けて、いれたり出したりしては、う、と少し呻く。舌が銃に絡まり、ビニール袋はよだれで濡れて糸を引いていた。男は怒るのをやめて、その姿に見惚れていた。バイトは女をやめさせる当てが外れたのか、挙動不審に顔をきょろきょろと動かしている。女は、気にせず舐めた。丁寧に、銃から無数に出ている突起を吸い尽くし、複雑に刻まれた溝の一つ一つに舌を滑らす。男は、女を見ながら、下唇を指で擦った。
「あなたも舐める?」と、舌で上唇を舐めながら女は言った。「気持ちいいわよ」

男は断ろうとしたが、よだれで濡れたビニール袋を見ると、悪くないなと思い直したのか、「ああ、貸してくれ」と答えた。

さて、男は女から銃を受け取ると、ビニール袋に付着した半透明な液体が店内の照明に反射して照りつくのを眺めた。女が、あんまり見ないでよと急かすのを聞いて、少し愉悦を覚えた。へへへ、間接キスってやつかな。美味しそうだ。

と、遂に男は銃を舐めた。硬い。けど、それは不思議と舌に絡みつくような感触があった。男は、口の中に入れてみた。女の甘いよだれとビニールのゴムっぽさが混ざって、噛み尽くしたガムのような味わいがあった。男は夢中になって銃をしゃぶる。店内に、じゅ、じゅ、と食欲をなくすような音が響く。店内の誰もが、無言で男を見ていた。

有線放送のジャズが虚しく鳴っている。女は、自分の胸のあたりを握って男を見守っていた。男はただひたすらに、銃を舐めている。上から下へ。突起の一つ一つを入念に。古くなって接着が甘くなった部分が、男に吸われるたびに砂利を削ったような音を出した。男は益々貪欲に舐めた。

「ねえ、そろそろ返してよ」と、女がじれったい声で言った。セットしてきたらしいロングヘアーも、無意識に触っていたからか纏まりがなくなってきている。

「もうすこしいいだろ……」と、男はうつろに答えた。「後一回、この先っちょだけ――」

 

と、そのとき、デパートのフロア中にスパーンと爆発音が鳴った。すると、べちゃ、べちゃと何かが喫茶店の床に散らばった。学生が目を凝らすと、それはピンク色に土のような何かがまとわりついていた。学生はそれを人生で見たことがなかったが、肉片だ、と合点がいった。と、椅子の倒れる音がした。――男が、大量の血を流して、頭から崩れ落ちたのだった。

 

女の悲鳴がフロアに響くのに、そう時間はかからなかった。

2019年10月29日公開

© 2019 小雪

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"ピストルノスタルジック"へのコメント 5

  • 投稿者 | 2019-10-29 19:52

    この世界における銃ってなんだよ!
    って思いました(語彙力低下)
    テンポのいい書き方や不思議さを演出する構成を読んでたら正直、自信がなくなってきました…。
    これからもどんどん書いていってください!

    • 投稿者 | 2019-10-29 23:41

      読んでくださりありがとうございます〜っ!
      って、そんな!自信なくさないでください!笑
      ありがとうございます!頑張って書いていきたいです〜っ!

      僕も、書いていてひたすら「銃って……銃って……」という気持ちになっていました。本当、このテーマ楽しかったなあと、しみじみ……(合評会まだやってない)

      著者
  • 投稿者 | 2019-11-05 00:01

    拝読いたしました!
    状況に対する説明がなく、あるのはただ物語の進行だけ……という書き方がすごく好きです。銃が忘れ去られた世界を舞台にすることで、銃の本質以前の物質性が強調されていて、とても面白い視点だなと思いました!
    少しだけすごく個人的に気になったことをあげさせていただくと、主人公の男とか女とかをどう描きたいのかわからない印象を受けました。
    最初はハードボイルドな雰囲気の会話をしてたと思ったら、女が「ってか」と若者言葉を使ったり、男も相手にしてもらえなくて拗ねたり女との間接キスを喜んだり「先っちょだけ」という言葉遣いなど、人物像が一貫してない感じがしてしまいました。すごく個人的にですが。
    人物像を敢えて固定しないことでなんらかの効果をあげるというやり方もあるかとは思いますが、この作品のそれがあまりよい方向に働いてないのかな?とすごく個人的な感想を持ちました……。個人的など素人の意見です……。
    着眼点はすごく面白かったです!

    • 投稿者 | 2019-11-08 09:51

      ありがとうございます〜っ!
      銃の物質性には特にこだわりましたので、とても嬉しいですっ!

      人物像に関しては、実は全く何も考えていませんでした!実は、全然ハードボイルドを狙っておらず、むしろコメディっぽくしたかったので、結構悔しいです笑

      口調は特に、今後の課題ですね……。教えてくださり、とても助かります……!

      著者
      • 投稿者 | 2019-11-08 11:45

        お返事ありがとうございます!しがない素人の意見としてお読みくださいませ……!
        敢えてハードな世界観で滑稽な物語を書いたのかなとも思い、それ自体はすごく面白いと思いました!
        繰り返しになりますが視点の面白さは抜群だと思うので、
        ①どんな物語を ②どういう書き方で書くのか (③それにより、どのような効果を狙っているのか)
        ということが明確になると、すごく面白い物語になるかなとお見受けしました!

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