それが一学期の期末テスト終了後、夏期講習直前のAコマだったのは不幸中の幸いだった。一階の教室には三人しか生徒がいなかったし、二階の自習室にも人はなかった。俺は受付を篠田先生に任せて水筒を抱えたまま校舎の外に出て、私用のスマートフォンから勇樹くんの自宅に電話をかけた。すぐにお母さんが出た。俺は、今しがた起こったことを説明した。お母さんは、「そうですか……。」とだけ言って、次の言葉がつづかなかった。俺は、次のように言った。
「こちらと致しましては、なにも大事にするつもりはございません。ですが、勇樹くんがしたことは、第一に、勇樹くんの健康に係わることでもあります。それから第二に、一応は違法性のある行為でもあります。このことに関して、勇樹くんには指導が必要だと考えられます。それでお尋ねしたいのですが、お母さんは、勇樹くんが飲酒をしていることはご存知でしたか。」
「……はい、知っていました。……ですが……。」
俺は、黙した。強く風が吹いた。俺は、周囲を確認し、スマートフォンをスピーカーモードにした。
「息子には、なにも言えませんでした。冷蔵庫からビールが減っているのは確認してましたし、息子の身体からそういった臭いがしたのも確かです。ですが……。」
俺は、慎重に口を挟んだ。
「そうですね。つまり、指導にも時期があります。おそらくお母様も、まだその時期ではないとご判断なさっているのだと思います。これはとてもナイーブな問題だと思いますので、えー、今回の件に致しましては、こちらもその判断に従うかたちで……。」
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