飛頭蛮

応募作品

伊藤卍ノ輔

小説

3,008文字

シネという気持ちで書きました。シネという気持ちで読んでいただければこの世界にシネという気持ちが溢れかえると思います。
よろしくお願い致します。合評会2019年09月 応募作

 きょう、パパンが死んだ。今朝方ママンから電話があった。それで私は地元に帰ってきた。家の中にも外にもゴキブリが多いところで、本当は来たくなかった。しかしパパンの死に伴ってある事情が出来たので仕方なかった。
 ママンとの電話の第一声は最悪だった。私は寝ぼけて仕事の電話だと早とちりした。
 「はい、もしもしぃ、レナでーす」
 「××××××」
 聞き取れなかった。
 「え、ごめんなさい、なんですかー?」
 「あ……ゆうこちゃんいますか?」
 ママンだった。ママンはいつも呟くように喋るので聞き取りづらい。
 「ああ、私、ゆうこ」
 「え……レナっていうのは……」
 私は答えなかった。ママンはいつだってわかってるくせにわからないフリをする。
 「なに」
 「あの……×××……×××……」
 「キコエネエヨ」
 「あ、あの……お父さん、死んじゃって」
 「いつ?」
 「起きたらね、死んでた。あの、それで、頭だけ千切れちゃって……生首? になって、いまご近所を浮遊しちゃってて……」
 「シラネーヨ、ソンナコト。島田に頼めばいいじゃん」
 島田というのは、隣に住む香水臭い霊媒師のババアだった。
 「島田さんもね、いま除霊してくださってて……。それで、あの、こういうのはね……ゆうこちゃんも来ないとダメだって」
 「嫌だ。大体除霊の仕方なんて知らない」
 「お父さんの生首をね……潰すか割るかするだけでいいって……」
 「じゃあ行く。お前もシネ」
 というわけで来た。

 ママンにも島田にも会うつもりはなかった。勝手に見つけて勝手に潰して勝手に帰ることにした。
 地元は東京のしかも二十三区内で、ドブと排気ガス臭い。オンボロアパートや真新しい分譲住宅がみっちりと並んでいる。その隙間を縫うように狭い道路が網目状に張り巡らされている。たまに狭すぎる公園やぼったくりコインパーキングがある。
 着いたのは夜だった。私は大きな鉈を右手にぶら下げて歩いた。二十三区内のくせに街灯が少なくて暗い。家と家の間の五センチメートルくらいの隙間とか、ブロック塀の穴とか、臭い側溝とかから濃い闇がうじゃうじゃ湧いてくるようだった。それが道の脇に群がる。ときどき蠢いてるようで嫌だ。
 辺りを見回しながら歩いた。今更ながら徒労のような気持になってきた。パパンの頭を潰したから、なにかが変わるとは思えない。この想いは消えない。少しスッとするだけだ。それも怪しい。キモいだけかもしれない。でも来てしまったから潰すだけ潰そうと思って歩いた。
 何度目か角を曲がったところで
 「あら、ゆうこちゃん! 来てくれたの!」
 島田だった。手になにも持っていなかった。金だけとって、なんちゃらかんちゃら言ってなにもするつもりはないのだろう。口だけでは何とでも言うのが島田のババアだ。ママンはそれに気づかないフリをする。やっぱりここには来るべきでなかった。
 「ええ」
 「忙しいところ、ありがとうね! もう五人もあなたのお父さんに食べられちゃって……」
 「コングラッチュレイション」
 「今日も本当は予定あったんでしょ」
 「オナニー」
 「とりあえず、ゆうこちゃんはあっちお願いするわね。私はこっちの真っ直ぐの道見てみるからね」
 「島田さんは、オナニーしてますか」
 「私、行くわね。お願いね!」
 「シネ」
 島田は走っていった。私が来ないと高をくくっていたので、焦っているのだ。私と一緒ではサボるにサボれない。香水の残り香が臭い。
 とにかく島田に指示された方向と逆に歩いて行った。街灯がフリッカーしていた。点いて、消えて、点いて、消えるたびに、パパンがそこに立っているような気がしてムカついた。さっさと潰したほうが良さそうだと思った。道の脇の闇がもぞもぞしてうるさい。
 また何度か曲がった。いい加減やめにして帰ろうかなと思い始めた。いずれにせよ変わらないなら、こだわることもあるまいと思った。駅に戻るには次の角を右に行って三本目を左に行ってあとは真っ直ぐ行けばよかった。
 右に曲がった。また島田がいた。今度は死んでいた。顔半分がなくなっていて、その近くにはパパンの頭部が浮いていた。くちゃくちゃ音を立てて咀嚼している。口の周りが赤くヌラついていた。島田の顔を食っているらしい。
 走っていった。鉈を両手で持って力任せにパパンの頭部に振り下ろした。固い手ごたえがあった。血がじゅるじゅる音を立てて全身を流れた。頭蓋骨の中にある脳みそがカッカと熱くなった。下を見た。
 パパンの頭部には傷一つついていなかった。大きく口を開けて、私の腕に噛みつこうとしていた。避けた。パパンの歯がガチンと鳴った。鉈を思い切り横に薙いだ。クリティカルヒットした。でもパパンの頭部は完全に無事だった。
 私は逃げた。パパンの頭部が追ってくる。膝が熱くなる。右に曲がって、右に曲がって、左に曲がって、わからないけど曲がりまくった。パパンはぴったりついてくる。
 涙がどんどん出た。今更パパンから逃げるくらいならさっさと死ねばよかった。けどパパンに食われたくはなかったからいまは逃げるしかない。
 「ぬ~べ~!」
 気が付くと私は叫んでいた。誰も来なかった。
 「ぬ~~~~~べ~~~~~~!!!」
 泣きながら声の限り叫んだ。何回も叫んだ。でも誰も来ないし、パパンは追ってくる。
 叫びながら私は思い出した。地獄先生ぬ~べ~はそういえば現実ではなく漫画の話だった。鵺野鳴介は架空の人物でこの世には存在しなかった。存在するのはママンとパパンと島田と私と、あとは仕事のキモ客とかそれくらいだった。
 転んだ。パパンに追いつかれた。もうだめだと思った時、私は閃いた。
 鉈を思い切り自分の首目掛けて振った。ぽーん、と頭が飛んだ。私も生首になった。そうして浮遊することに成功した。パパンの頭部が飛んでくる。避けて、後ろから噛り付いた。案の定噛み切れた。
 「ぴぎぇーーーーっ」
 パパンが叫んだ。キモかった。パパンの頭蓋骨は咀嚼して吐き捨てた。それから何度もパパンを齧って咀嚼して吐いた。そのたびに叫ぶ。ほんとキモい。死ねと思った。もう死んでるけど死ね。一回死んだくらいじゃ私が満足出来ないからあと百那由他回死ね。死ね死ね死ね死ねキモ豚くそ野郎と思った。
 パパンの頭部は直にただのミンチになった。マジでキモかった。ついでにママンもミンチにしようかと思った。振り返った。
 ママンがいた。でもママンも頭部だけになって浮いていた。よくよく見るとその下にママンの体が転がっていた。私の体にちょっとかぶっててムカついた。多分ママンは、私がパパンをミンチにするのを見たのだ。それで自分もミンチにされる前に生首になって私をミンチにしようと決めたっぽかった。いい度胸だった。そのいい度胸を私の小さい頃は一度も出さなかった。ハラワタが煮えくり返りそうになったけどハラワタはもうなかった。なのでアタマワタが煮えくり返った。ミンチにしたあとで六万回唾をひっかけることに決めた。しかしもうパパンにしたような不意打ちは通用しない。勝つか負けるかわからない。しかも負けるとは死ぬことじゃなかった。もう二人とも死んでいた。負ければこの世で一番嫌いなクズの唾液と一緒にミンチにされる。それだけは嫌すぎた。キモすぎた。死ねすぎた。
 しかしママンも恐らく同じ切実さでそう思っている筈だった。ママンがピクと動いた。ぶーんと目の前をゴキブリが飛びすぎていった。
 ママンが口を開いて向かってきた。私も口を開いて向かっていった。

 Ready? Fight!!!

2019年9月13日公開

© 2019 伊藤卍ノ輔

これはの応募作品です。
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ホラー 純文学

"飛頭蛮"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2019-09-24 20:23

    面白かった! 飛翔する頭部のように勢いよく、ぐいぐい読み進められる。「地元」に対する感傷を完全に断ち切っているところがが清々しくて本当にいいと思う。

  • 投稿者 | 2019-09-25 12:01

    シネという気持ちで読んだら、シネが濁流となってなだれ込んできてキモすぎました。後ろから鉈で頭を潰された様な気分で頭が痛いですが、続きが読みたいです。

  • 投稿者 | 2019-09-26 02:39

    飛頭蛮のことは自分もぬ~べ~で知った。あれは確かパン屋のご主人でしたよね。異邦人で始まってカミュっぽくなくなっていくのがいいと思います。

  • 投稿者 | 2019-09-26 23:11

    異邦人、ぬ~べ~は懐かしいですね。個人的には変身も思い浮かべました。前知識ありきであれば楽しめるとは思います。

  • 投稿者 | 2019-09-28 00:47

    なんかよくわかんないけどすっげー好きです

  • 投稿者 | 2019-09-28 00:50

    家族で生首になってサバイバル。カミュという感じはしませんでした。怖さがなかったので。でも楽しめました。表現が本当に上手くてはらわたが煮えくり返るくだりとか、もう死んでいるから云々には爆笑しました。
    人間ってやっぱり頭が主体なんでしょうかね? 首だけの人間って本当に怖いしグロいです。小泉八雲の「怪談」とか泉鏡花の「天守物語」とか。「赤と黒」のラストシーン、首になった恋人にキスをするシーンとか。

  • 投稿者 | 2019-09-28 17:18

    読んでスッキリしました。面白い! ジャンプとかで漫画化して連載してほしいです。

  • 投稿者 | 2019-09-29 02:33

    割り切った感じが気持ちよくて笑えました。

  • 投稿者 | 2019-09-29 05:51

    今回の合評会でひときわ異彩を放っている作品です。お題の「地元」感は薄いですすが、不条理感とぶっ飛んだ設定は嫌いじゃないです。ただ、個人的にこの手のガロ的パテーンに、向こう側を見せてくれるオルタナは感じられなかったかなあ。でもそこを超えるって難しいんですよね。

  • 編集者 | 2019-09-30 02:34

    異邦人は分かったが、(コメントで言われてる)「ぬーべー」についてはそんな漫画があった事以外知らないのでちょっと難しい。頑張れ、ゆうこ。

  • 投稿者 | 2019-09-30 11:22

    超コミカライズ希望。素晴らしかったです。

  • 編集長 | 2019-09-30 13:11

    まず、フランス語で「ママン」の対義語はそのままパパでよい。それはともかく、ギャグ小説としてはよくできていた。地元性をもっと出すと良かった。

  • 投稿者 | 2019-09-30 13:32

    テーマ地元じゃなくても書けそうだな、とか、ちょっとよくわからないな、とか、色々感じた気もしますがそれらは脇に置いておき、とても面白かったので良かったです。そしてそれがこの作品の魅力だと思いました。

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